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新・田村麻子のオペラな人生 ザルツブルク思い出話 3

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ザルツブルク思い出話 3

さあ、いよいよオーディションの時間がやってきました。 どのような形態で、オーディションが行われるか 全くわからなかったのですが、 とりあえず、集合時間に指定のクラスルームへ。 ところが、入り口は人で溢れかえり、 中に入ることが出来ません。 ざっと見た感じでは、ありとあらゆる国の人がいるような気がして、 まず私は、その熱気に圧倒されました。 女性がほとんどで、 下は15歳くらいから上は、50歳くらいの方までおり、 何人か、日本人らしき人もちらほら見かけたので、 早速、彼らと言葉を交わしました。 そんな中、誰かが 教室が小さいので、 大きなホールに移ります、とアナウンスして、 私たちは、部屋を移動することに。 部屋を移動した後は、 とにかく、一人ずつ、得意な曲を歌っていくことに。 オーディションとはいえども、よくある最初の 声聞かせ会のようなもので、 受講希望の生徒だけでなく、その友人、知り合い、先生など たくさんの人が、バンブリー女史とともに聴いています。 何順に歌って言ったのかは、 さすがにもう忘れましたが、確か午前中から始まったそのオーディション、 夕方遅くなってから、私は歌ったことをかすかに覚えているので、 もしかしたら、歌いたい順に歌っていった気もします。 ちなみに、このザルツに限らず、 大抵こういうシチュエーションでは、歌いたい希望順に 歌っていくことが多いので、 (大抵先生が、誰から歌いたいですか?と訊きます) 日本で教育を受けた私は、なかなか 「はい!歌います」と1番にいうことが出来ず、 たいてい、いつも最後のほうか、一番最後でした。 (実は今でもです…それでもいいと思っていますが) そんなわけで、その日はいろんな国からのいろんな人の歌を 何時間も聞きました。 驚くほどうまい人と言うのは、 思ったほどいなかったような覚えがありますが、 それでも、そんな中 私はぎりぎりまで、何度も、よその空き教室に行って、 発声をしたり、トイレに行ったり、そわそわしていました。 そして、オーディションも終わりに近づき、 あとは誰が歌っていないのーー?と言うような状況のなか、 最後のほうに手を上げた私は、 部屋いっぱいに埋まった人のなか、覚悟を決めて歌いだしました。 ところで変な話ですが、 何の曲を歌ったのか覚えていません。 しかも、とても緊張していたはずなのに、 歌自体は、結構悪くなく、歌えていた気がします。 ところが、私が自分がものすごく緊張していると気づいたのは、 歌い終わった後のことでした。 バンブリー女史から、何歳?と最初にたぶんドイツ語で たずねられたのだと思いますが、 全然、その言葉が頭に入ってこず、うろたえていたら、 今度は、How old are you? と、ゆっくり尋ねられました。 それでも、私は意味が分からず(!)あわあわしていたら、 何語が話せるの?と訊かれ、 それでも、一体頭の中がどうなってしまったのか、 言葉を発することが出来ず、ただぼーっと 突っ立っていて、 しまいには、イタリア語は?ときかれた時に、 イタリア語なんて全く話せなかった時なのに、 なぜか、Siと答えて、その後、全くイタリア語なんて 分からない私に、バンブリー女史は、苦笑を。 そこで、バンブリー女史は、誰か彼女に日本語で訳してあげて!と オーディエンスに向かってたずねると、まるで救世主のような ある日本人ソプラノの方が、はいと答えて、私の傍まで来てくださって、 私の通訳をしてくださったのでした。 本当に、惨めでした。 決して、悪くない演奏をしたのに、 そのインターナショナルで、熱気のこもった雰囲気のなかで、 私は、一言も外国語を発することが出来ず、 日本語で、小さい声で、彼女に向かって答えるのが精一杯でした。 バンブリー女史は、 ここに来て、クラスを受けることが分かっていたのだったら、 少なくとも、英語かドイツ語を学んでくるべきだった、と 私に説教してらしたようですが、 私としても、何がどうなって、こんなことになっているのかが 全く分からず、 緊張感が極まって、完全に頭がパニック状態になって、 右脳と左脳がうまく コミュニケートしなくなっていたのだと気づいたのは、 後になってからでした。 ちなみに、これは余談ですが、 歌っているときや、音楽を演奏しているときには 概して右脳を多く使っていることが多く、 本能に任せて歌っているときほど(特に本番では、その傾向が強まりますが) 右脳が多く働いて、 歌い終わった後は、母国語であったとしても、左脳からの言葉がまったく 出てこないケースは、多くあります。 しかしそれにしても、あの時の私の状態、惨めさは、尋常でなく、 絶対に、語学をマスターしなくては!という強い思いとなって残り、 のちのち、 語学を勉強する強い動機となっていったのでした。 それでは、又この続きは次回に、、、! 人気blogランキングへ
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