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新・田村麻子のオペラな人生 2007年04月

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オペラのレクチャーを終えて(大真面目に書いてます)

Nippon Clubでの オペラを何倍も楽しめるようになる講座、の2回目 2回の講座を終えました。 今回の題材は、プッチーニ作曲のTurandot(トゥーランドット) 前回同様、事前の準備はかなり大変でしたが、 それでもその為にまた色々勉強しなおしたり、ネットで色々な調べものをしたり、 この講義をすることによって、さらにオペラを楽しめるようになるのは ほかならぬ私かもしれないなーーと、このような機会に再度感謝です。 また1回目椿姫の時にクラスを受講してくださった方々は、 ほとんどまた来て下さり、プラス何人か増えていたので、 今回は、前回より受講してくださった方が多く、 私自身も、暗中模索、試行錯誤の大混乱の中で迎えた1回目とは違い、 今回は、何10倍も楽になり、 私自身もクラスの中で楽しむことが出来ました。 色々な傑作オペラの魅力を、私の視点で、あらゆる角度から 伝えたい、と前回も今回も思ってやって参りましたが、 その中で感じた私の感想は、 「あらゆる角度から見たときに、傑作は傑作ということが分かる」 来て下さった方の中に、面白いコメントがあり、 「この企画は、大変オペラ界に貢献していると思うのですが、 オペラ界から表彰してもらったりするという事はないのでしょうか?」 オペラ界というのは、個々の劇場や組織で成り立っているとすれば、 そもそも別に互いに結託しているわけでなし、そういったものは存在せず、 現実的にはありえないのですが、 それでも、そのお気持ちと、発想は嬉しく、また面白く思いました。 そして、確かに自分でも、なぜこんなに一生懸命準備して クラスをやっているのだろう、、とハタと考えると、 やはり、オペラは人生で一番素晴らしいと心酔している私は、 この喜びを楽しさを、少しでも沢山の人にわかってほしいと、 思っているからだと気づきました。 Cheesyな言い方かもしれませんが、 やだひたすら音楽への、オペラへの尊敬と愛情から 出てきたことです。 そしてそれは なぜそこまで強くなれるのかというTurandotの問いに対して、 「お姫様、それは愛でございます」と応える 奴隷役のリューと、全く同じ気持ちです。 日本人ソプラノとして世界で歌ってゆくことなんて、 99%不可能だ、不毛で、報われない世界だという事を 過去何年間もイヤというほど味わいつつ、それでも、 私の生活の中に、オペラ以上に面白いと思えることがどうしても見つけられず、 辞めようにも辞められず、 まるで、オペラという魅力的な悪魔に虜になってしまったと 感じていた時期が有りました。 しかし最近では、そんな私の想いも、 私だけのものではなく、そう思わされている、 つまり、 このどこかからくる、強いオペラへの愛情は 良くも悪くも、これまで私の人生を導いて来てくれて、 これからも、私はそのPartとして 動かされてゆくのかな、、、と思い始めています。 大変だけれども、得ることも多い、オペラレクチャー。 来月は、リゴレットです。 そして、その1週間後にはまとめとして、ガラコンサートを企画 していただきました。同僚のテノール歌手と共に、 レクチャーで取り上げた、Traviata,Turandot,Rigolettoから アリアと重唱を歌います。 5月22日、NYにいらっしゃるようであれば、 是非聴きに来ていただけたら幸いです。 それでは、、、良い週末を! 人気blogランキングへ
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最近の日常

最近、毎日のように3つも4つも何かと用事があり、 もくもくとこなす毎日ですが それでも、ここNYでは日本同様きちんとこなせるから不思議です。 イタリアでだったら、電車の突然のストライキや、慢性化した遅延、 約束を守るということに重きを置かない文化の違いなどもあり、 こうはいかないところですが、、、。 ちなみに、私はこの6月にイタリアのヴェローナの歌劇場にて 現代オペラの、とあるソプラノの役を歌うことになっていますが、 いまだに、楽譜が出来ていないらしく、 当然まだ譜読みもしていないどころか、 どんな役なのかも全く知りません。 1ヵ月半には稽古が始まるというのに、なんとも恐ろしい話しです、、。 (通常は、稽古の始まる前に各自勉強を済ませ、暗譜をしておくのが鉄則なので) 9年前、日本を離れてNYにやってきた時当初は、 自分が日本人であることの意味、日本という国、受けてきた教育、環境について 日本という国のいい面悪い面を含めて、 とても色々なことを考えさせられました。 そして、今から5年前、イタリアのローマで 初めてオーケストラコンサートに出演したのを皮切りに、 しょっちゅうイタリアに滞在するようになってからは、 NYを中心としたアメリカという国のいい面悪い面について やはり見えてくることも多く、同時に イタリアと日本の似ているところ、アメリカと日本の似ているところ、 そしてイタリアとアメリカの似ているところ、など 自分の視野が広くなった分、色々と感じることも多くなり、 結果、どんな国も、同じ成り立ちの国はなく、 どの国にも良い所、悪い所、があるのだから、 個々の国で、良いところを楽しめられれば、良いではないかという風に 思うようになってきました。 ということで、 最近では、また久しぶりに、NYの好きなところを再認識する毎日。 まず、色々な文化がさらっと交わっているところ。 そして、なんでも商売にする人がいて、商魂たくましいところ。 昨日ジムに行く途中、近所を通りかかったときに、 YETI OF HIEIZAN と書かれた Japanese & Nepalese Cuisine(日本&ネパール料理) を見つけ、ぎょっと立ち止まりました。 Yetiって、、ネパールの雪山じゃ、、? そして、Hieizanって比叡山のこと、、、? 一体どこにこの二つの国の料理の共通点があるのかと思ったら、 おのおのの料理がメニューに混在するということで、 料理自身が交わっているわけではなさそうだったので、 ひとまず安心しましたが、 それでも、かなり奇妙な組み合わせの気がします。 それから今日は 乗降客で混雑する地下鉄の駅のホームにて、 なんと、買い物に行く時に使うカートの中いっぱいに 自分の家で作ったとみられるチュロス(南米のお菓子)をつめて 忙しそうに売っている 赤ちゃんを背負ったジプシー風の女性を見て仰天しました。 ホームで楽器を演奏したり、歌ったり またはダンスをしたりして小銭を稼いでいるのはよく見かけますし、 変わりどころでは、自分はチェスのチャンピョンだから 1回3ドルで、相手してあげますと張り紙して、 挑戦者をまつおじさんなど、色々いますが、 彼女のように、家で作ったものを、しかも尋常じゃない量を しかも、人でごったがえす地下鉄のホーム (電車おりたらすぐそこにいるのです!)で、 しかもチュロス。。。。!!! やっぱりNYって面白いなあ、、と思いつつ、 私も3本1ドルの彼女の手製チュロスを他の人たちに混じって買いました。 おいしかったです。 人気blogランキングへ

うきうき感の値段

今日は、グダグダと、、、 先週イタリアの空港で、 何かちょっといいコスメティックがほしいと思い、 好きなLANCOMEの化粧品などを、免税店で見ていたら、 「老化のファーストサインを目に見えて消すクリーム」 というすごいものを見つけ、しかもそれは 基礎化粧品であるにもかかわらず、日焼け止め効果のある SPF15という表示もあります。 衝動的にそれがどうしてもほしくなり、 サンプルを使ってみると、何となく、ものすごく効きそうな感触。 そういえば、 友人がランコムのアイクリームも良いといっていたことも思い出し、 では、私はこれをアイクリーム代わりに使おうかと、 購入を決めました。 56ユーロなり。 Taxを払わなくても良いことも、何となく嬉しく、 いつも新しい化粧品を買った時に感じるうきうき感と共にNYに降り立つと、 到着階にはまたまた免税店が。 もうイタリアで買ったし、、と思いつつも、 LANCOMEという字を見ると、何となく値段が気になって、 ふと覗いてみます。 53ドルなり。 ええええええええ!? イタリアより安いじゃん、、 わずかの差ですが、免税店での買い物は、 値段ではなく、”お得感”が大事だと思っているので、 しまった値段見るんじゃなかった、、 と思っていた矢先、 追い討ちをかけるように、「Exchange」の窓口にあった 1ユーロ=161,38円のレートが目に、、 ユーロ高すぎます!!!!!円が安いのか、、、 まあ日本の輸出業にとっては喜ばしいことですし、 いいんですけども、、、、 でも、 イタリアで56ユーロのクリームが アメリカで53ドルって、、、 完全にうきうき感が消えてしまいました。 免税店の化粧品で私たち女性って 一体なにを買っているのでしょうね(笑) 今日もこのクリームをつけて寝ます。 おやすみなさい。 人気blogランキングへ

激怒!

こんにちは。 最近は、本当に怒るとか、腹の立つことが少ないのですが、 きのうは、 自分でも驚くくらい身体から怒りがこみ上げることがおこりました。 といっても、数時間でその怒りもすっかりおさまっていたので、 最近は、色々と自分の感情のサイクルが早くなってきている、 よく言うと切り替えがうまくなってきていると感じ、 嬉しく思いますが。 さてなにが起こったか簡単に説明します。 昨日は午後マンハッタンでとあるオーディションがあり、 早めにオーディション会場の近くに着いたので、 温かいお茶でも買おうと思って、近くのデリに入りました。 と、そこで コーヒーを持って立っていたアメリカ人らしき男性の腕に、 南米系の女性がぶつかって、男性の手元のコーヒーは、 運悪く私のコートのすそにひっかかってしまいました。 つまり、 当の両人には何の被害もなく、 私だけが被害者に。 アメリカ人男性と、南米系女性は、お互いにらみ合って不愉快そうにしながらも、 私のことは気にかけず、そのまま終わりそうだった為、反射的に私は、 ”ちょっと!何か言いなさいよ!”と二人に向かって言いました。 と、すかさず二人とも、 「俺の責任じゃないよ」「私の責任じゃないわ」 その日私は、祖父の形見である、 今の時代には珍しい生地のとても気に入ったコートを着ていて、 普段から大事していたということもあり、 一層そのコートを汚されたことに怒りが収まらず、 自分でもびっくりするくらいの大声で、 ”人にコーヒーかけといて、何も言わないなんて、なんて失礼なの!! あなたたちはこのコートのクリーニング代くらい払うべきでしょう!”と なぜか、とっさにクリーニング代を要求した私に対して、 (ここがアメリカなので、それが有効だと思ったからだと思いますが) 二人とも、私を相手にしません。 汚れてもどうでもいい服装なら、私も何も言わないか、 我慢してその場を去っていたことと思いますが (これまでもそういうことは何度か有ったような記憶もあります) 上記の理由もあり、どうしても二人を許せず、 私には意地でも謝らないといったような風情の南米系女性は 一層私の怒りをあおり、いけしゃあしゃあと 私の脇を通って店を出ようとします。 しかし、私も反射的に身体を張って 彼女を店から出そうとせず、 ”あなたがクリーニング代を払うまで、あなたを店から出さないわ”と、 にらみました。 そこで、彼女は私が本気で怒っているとやっと気づいた様子。 ”仕事に遅れるから、どいて頂戴、警察呼ぶわよ”という彼女に対して、 ”私はオペラシンガーで、私こそこのあと大切なオーディションがあるから 遅れられないわ、でも警察呼ぶなら呼んで頂戴、どうせ私が勝つんだから。”と 彼女に迫ると、彼女は私が本当に激怒している様子をみてとり、躊躇しています。 そして、そのまま傍でつっ立っているアメリカ人男性にも、 ”あなたもそこに残りなさい!証言が必要なんだから!”というと、 彼も、僕も仕事があるから、行かなきゃと私の剣幕に おろおろしていいます。 全くどうしてみんな一言謝らないのだろう、、と、 人として基本的に何かが欠けているのではないかと 打ち震えた怒りがどうしてもコントロールできず、 オーディションのことを頭の隅に気にかけつつも、 本当にポリスに事情を話そうと腹をくくっていたら、 男性が、今これだけしかないけど、、といって2ドル50セントを私に 差し出しました。 その瞬間、私はそれがあやまらないアメリカ人 (注:この場合、アメリカ式教育を受けた人という意味です) の謝辞にも聞こえ、急に その非を認めた態度をもって、以下怒りが急速に静まっていきました。 われながら、たった2ドル50セントというようなお金で怒りが静まるなんて 私って一体なに、、?とも思ったのですが、 後から考えてみたら、 要は、結局、人に明らかに悪いことをして非を認めない態度に猛烈に腹を立てていた ということだったのだと思いました。 結局、ポリスに電話していた南米系女性に、 ラッキーだったわね、と捨て台詞を残して、さっさと デリを出てきて、 オーディション会場に向かいましたが、 体中に噴出したアドレナリンは体内を駆け巡っていたようで、 オーディション自身では、 なぜかとても良く歌えて(!?) 非常に気に入ってもらえたようでした、、、、、 というオチがつきますが。。。。。。 その後、タイムズスクエアの地下鉄の駅で 素晴らしいストリートパフォーマンスをしていた黒人の若者に、 その2ドル50セントを寄付させていただきました。 教訓;NYで良い服を着てはいけない。 着る時は間違ってもデリなどには行ってはいけない。 人気blogランキングへ

スイスへ小旅行

こんにちは、お元気ですか? 先週は、イースター週間ということもあり、 イタリアの町はすっかりヴァカンスムード。 ヴェローナでは、Vinitalyという大規模な ワインの見本市、試飲会が行われていたこともあり、 沢山の人、人、人、でした。 そんな中、私もイタリアを離れて スイスのユングフラウヨッホに 小旅行へ行ってまいりました。 が、 ここのところずっと、デジタルカメラの調子がおかしくて アルプスの山々の絶景が撮影できなかったのは残念、、、 しかし、なぜか動画は撮影できたので、 何とか、次回までに アップできないか少し頑張ってみたいと思います。 イタリアからミラノ経由の電車でスイスに入り、 インターラーケンという町に滞在したのですが、 四方を山に囲まれたその町は、静かなエネルギーに包まれ 最高でした。 そして次の日は 富士山と同じくらいの高さのところにある頂上の登山駅 ユングフラウヨッホを目指して、 お目当ての山めぐりへ。 しかし、山は無条件によい! 何もしなくても、内側が洗われ、浄化されていくようです。 アルプスの山々のエネルギーに1日中たっぷり包まれ、 山を見て、滝をみて、自然を堪能。 そして、なぜか肌はつるつる。 肌の薄くて弱い私は、 環境の変化に左右されやすいのですが、 昔から、空気や水の綺麗なところでは、肌の調子が 良いことを体験から知っていたのですが、、 今回、この2泊3日の短い滞在で、 驚くほどすべすべつやつやになり、 化粧のりの良いこと! 本当に、環境に変化される私の肌です。 思わぬ副産物でした。(笑) その後あわただしくイタリアにもどり、 そして昨夜、NYにもどってきた今でも、 肌は元気です。 これがいつまでこの大都会で続くことやら、、、 それでは、また次回に。。。! 人気blogランキングへ

ちょっと意地悪かもしれない私ですが

ちょうど去年の今頃は、 イタリア、トリノのオリンピックで荒川静香さんが 金メダルを取ったというニュースに、日本中が沸いており、 また何週か前に、安藤美姫さんが世界選手権で優勝されたというニュースを知り、 本当に、日本には優秀なフィギュアスケート選手が沢山いるのだな、、 と感慨深く、、、、 しかし、それについては、とても納得しています。 なぜかと言うと、、まあそれは、後にまわしましょう。 もともと私は小さい頃から踊りと名のつくものなら何でも好きだった私は、 特にバレエが大好きで、しょちゅう近くのバレエ教室の窓から 習いたいなあ、、と思って稽古風景をみていた事を覚えています。 しかし、ピアノを習っているのだから、、と バレエは習わせてもらえず、それでも どうしても身体を動かすことを習いたかった私は 粘って親に頼んで、スイミングスクールに通ったり、 地元に新しく出来た器械体操のクラスに入って平均台をやったり 小学校高学年の頃には一時期 スケート教室に通わせてもらったことがありました。 おりしも、オリンピックでは体操や、フィギュアの全盛期。 いやがおうにも熱は高まり、 オリンピックの時には 夢中でテレビにかじりついていました。 そして今まで、自分の中ではあまりに当たり前すぎたので、 このブログで触れることすらしませんでしたが、 フィギュアスケートの舞台と、音楽の演奏が非常に似ていることには 当時から気づいており、 声楽を習うようになってからは、歌の舞台というのは殊のほか よく似ていると感じるようになり、、というか、 全く同じメンタリティと言えるでしょう。 特に、 オリンピックの舞台は、大きなコンクールのファイナルや 大事なオペラの初日の舞台と、そっくりです。 3回点半ジャンプというのは、 歌の中での、必ず決めなくてはならない高音などに似ており、 その他、強い集中力で、最初から最後まで 確実なテクニックに中で、自分を表現していく。 まるでそのものです。 ところで、 去年のトリノオリンピックでも気がついたのですが、 フィギュアスケート界には、 イタリア人などを含む、ラテン系選手が少ないと思いませんか? これには私なりの見解が有ります。 たとえば、イタリアに関して言うと、、、 イタリア人とは 一般的に言うと、努力するということが苦手な民族ですので、 (そもそも努力するという事を知らない、 どういうものか分かっていないように見受けられます) フィギュアのように、毎日の練習が必要な分野からは スターは出てこない気がします。 まあ、先日のブログのように、 デヴィーアのような歌手もたまにはいるわけですから、 リンクの上のスターもひょっとしてそのうち出てくるかもしれませんが、 地道なトレーニングに裏打ちされたものパーセンテージの高いこの世界は、 才能、、だけで滑れるものではないと思いますし。 その反面、これだけ似ている歌とリンクの世界なのに、 なぜ歌の世界にはスターが多いのかというと、、  1.イタリア語は、オペラの起源をイタリアに持つことからしても分かるように    イタリア語の母音は概して明るく開いていて、    歌う発声(声楽唱法)に適しているということ。   2.ひと声だけで痺れてしまうような素晴らしい「声」を持った歌い手は    世界中に均等に存在すると思われるが、その一声だけでなく、他の部分    を歌う時に、イタリア語は、その美しい声を自然に響かせるような    言語であることから、よりいい声を持っていると錯覚しがちなこと。    (ちょっと、意地の悪い言い方になってしまったかもしれませんが、、)  3.現在上演されているオペラの少なくとも3分の1は、    イタリア語で歌われる=イタリア人にとっては、母国語で歌われる    ので、色々な意味で言葉に関しては、他の国の歌手と比べて    あまり努力する必要がない。(言葉の意味はもちろんのこと、発音、    アーティキュレーション、外国語で歌う時に一番苦労するフレージングなど) これらの理由により、イタリア人のいい歌手は自然に多かったのだと思います。 最近は、国際的に活躍するイタリア人歌手の数も、以前と比べて減ってきていますが、、 これも、 オペラだけではない娯楽が今の世の中にはあふれかえっている為、 いくらイタリア人と言う利点を持っていると言えども、 この世界でやっていくことはやはり簡単ではない為、 すぐに才能がないなどと見切りをつけて (ただ単に根気がないだけだとも思いますが) 辞めてしまう人が多くいるからということもあるのでしょう。 まだまだイタリア人がどれほど怠け者かと言うことについては 言い足りない気もしますが(笑) それでも、なんとも憎めない国です。 反論のある方はいつでもお受けしますので、 言ってきてくださいね。(笑) 人気blogランキングへ

完璧とは、一朝一夕ではない

今日は予告どおり(笑)、 ヴェローナのテアトロフィラルモニコに 2回目のアンナボレーナを観に行きました。 前回、あふれる若さいっぱいで、 いい声の出るままに歌っていた20代後半のテノール君が、 無論相変わらずがんがん歌って、ブラーボも、拍手も 沢山受けていたのですが、 私には、少し行き詰り始めていたように見えたこと、 それに引き換え、 前回よりも調子がよくなく、 なんとかその舞台を乗り切ろうとしていたデヴィーア様の 本物のテクニックにほとほと感嘆させられたこと、など 結果として、彼女としては前回よりも よい出来ではなかったのにもかかわらず、 私が、学んだことは大きかったのでした。 若い時には、いい声が出るとテクニックを考えるより先に これ幸いと、そのままそれで歌ってしまうのは 古今東西同じだと思います。しかし、 残念ながら、何の問題もなく、 そのままのいい声で、いつまでも歌い続けられる歌手などそうそうおらず、 残念ながら、どこかで問題がおこったり、歌えなくなる時が ほとんどの場合やってきます。 それは、いわゆるスランプ、などと一般的に言われたりもしますが、 人によっては、そのままもう二度と昔のように屈託なく 歌えなくなる人もいるほど、深刻なものであり、 歌うということ(声楽唱法)は、 「単純」と「複雑」なことの諸刃の剣だといえます。 さて、そんな事にならない為にも、 (というか、大抵の歌手はそういうことが起こってから、 気づくのですが、、、) そういう時にこそ、なぜ良い声が出るのかという メカニズムを知る必要=「テクニックの勉強」が 必要となってきます。 デヴィーア様のように58歳で、 体力も筋力も、若い時と比べると当然落ちてきている 歌手が、それでも、 世界中を見渡してもなかなか100発100中で決められる事のない ハイCと言われる音の、そのまた何度か上の音域である「超高音群」を、 毎回、聴衆を裏切ることなく美しく響かせてくれることは 本当に、尊敬に値することであり、 その裏には、一体そのために何万時間費やされたことかと思うのです。 今日の公演、冒頭でも述べたとおり、 火曜日と比べて、彼女は少々さえない様子でした。 色々理由はあると思います。 公演が夜ではなく昼だったこと、 1,2日おきに4回歌ってきて、少し疲れてきているであろう事、 あとは、聴衆の反応にも微妙にも左右されるものですし、、、 そんな中、同じレパートリーを持つ、 同じソプラノとして舞台を観ていた私にとっては、 ああ、こうしたいだろうに、今は、こうして避けたのか、、、、とか ここは、指揮者がもっと助けてくれればいいのに、、など、 色々と、彼女の立場に立っては、物思い、感じていたのですが、 それでも、一番感銘を受けたのは、 彼女がなにがあっても、 絶対に「自分の出来ることを崩さないこと」でした。 それは、裏を返すと、 自分のテクニックを何よりも信じて、尊んでいるからであり、 その中で見え隠れしたのは、 長年のキャリアの中で培ってきたものへの信頼でした。 あまたある楽器の中でも、完璧という言葉からは最も遠い、 「身体」という不安定な楽器をもつ歌手という生き物の中にあって、 「完璧」と異名をとるデヴィーア様をもってしても、 キャリアの始めから、完璧なはずはなかったと感じました。 今現在の歌を聴くと、つい最初から完璧だったような 印象を受けてしまいますが。 30年あまりのキャリアの中で、 少しずつ彼女は完璧になっていったのでしょう。 テクニックの完全さを追い求めると、ともするとドラマがうすれてしまったり、 退屈になるという反面があり、 たしかに、彼女の舞台ではもっと何かがほしくなる瞬間が有るのも事実です。 しかし、 テクニックは、 誰も助けてくれる人のいない舞台で、 必ず自分を助けてくれる唯一のものです。 今日もいい勉強をさせていただきました。 人気blogランキングへ
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Author:asako tamura
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