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新・田村麻子のオペラな人生 2005年12月

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Memoires of a Geisha

きのう、日本に帰ってきました! 東京は寒いと聞いて脅えていたのですが、 やっぱり私には暖かく感じ、ほっとしています。 さて今日は、L.A.から帰ってきたばかりという事で、 L.A.にまつわる私の暴露話(?)を一つ、、、。 丁度今公開中の「Memoires of a Geisha(さゆり)」、 皆様はもうご覧になられましたか? 実は私、今から1年半ほど前に、とあるきっかけでハリウッドで この映画のオーディションを受けていたのですよ。。。。! 「ラストサムライ」に続く、ハリウッドでの日本題材映画 ということだったので、何かの形で関われたら嬉しいと思い、 はじめは、主題歌など歌えたら最高だなあ、、、などと考えていました。 ところが、オペラ歌手としてのキャリアを持ち、英語が話せて演技にも興味がある、 という自己PRが効いたのか、キャスティングマネージャーより、興味があるので ロスまで来てほしいという連絡が、、、。 という事で、初めての分野のオーディションにどきどきわくわくしながら、 ハリウッドに出向きました。 待合室に行ってみると、その日は、子役時代の為の子供から大人まで、 何人かのアジア人がいて、私が部屋に入ると皆がじろじろ見ました。 そしてしばらくすると、その中の一人が、あなたは日本人か?と、 訊いてきました。私がそうだと答えると、その部屋には私以外日本人はいなかったようで、皆が、Oh...!と、うらやましそうな色を含んだ歓声を上げました。 「Memoires of a Geisha」の舞台が日本である以上、 やはり日本人は有利だと考えるのは、自然な事なので、それはもちろん理解できます。 が、 普段、自分の生まれや肌の色など、自分のコントロール外のことが、何か 有利に働くことのないオペラの世界にいる私にとって、 その皆のうらやましそうな歓声は、 生まれて初めてといってよいくらいの新鮮な快感だったのです。 そしてさらに、、、、、 オーディション部屋に入って、色々とキャスティングマネージャーと話している時に、 何気なく、自分が京都生まれである事を告げると、 ”おお、、、!ではあなたは京都弁が話せるのね!?”ととたんに、 きらきらと彼女の目の色が変わったのです。 先ほども書いたとおり、何かのオーディション時に、 自分が何の努力もしていない事が有利に働く経験の 殆どなかった私は、とても嬉しくなり、 “ええ、完璧に話せます!”と京都が舞台である以上、 それがかなりの強みである事を瞬時に理解して、笑顔で答えたのでした。 と、私にとっては、とても楽しいオーディションを終え、 さあ、今度はいつ連絡が来るのかしら、、、とわくわく待っているうちに、 もう公開、というニュースを聞いたという次第です。 現実は、やはり中々甘くありません(笑)。 しかしながら、めったに来る事の出来ないハリウッドのソニーピクチャーズでの オーディションは、とても貴重な体験となりました。 近いうちに、観に行きたいなあ、、と考えております。 それでは、皆様、良いお年を!年内に 後1回くらいは更新できたらよいなあ、、と考えております。 風邪の治りきらない私に、ワンクリックをお願いいたします。→ 人気blogランキングへ
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Merry Christmas!

皆様、クリスマスをどのようにお過ごしでらっしゃいますか? 私は、いまL.A.にいます。 大勢の方から、風邪の心配をしていただいておりましたが、 きのうのクリスマスコンサートの本番は何とか無事に終わる事が出来ました、、、。 と言いたい所なのですが、予想に反して結構風邪が長引き、 本番でも、咳がまだゴホゴホと出る状態のなかで歌う事になりました。 とは言え、、、来ているお客さんには、絶対に風邪だと悟られないようにしようと思ってそのように努力したので、私が風邪を引いていたとは、オーケストラの皆でさえ、 気がつかなかったようですが。 アメリカの音楽院で学んでいた頃、こういう事がありました。 ある学内での本番の日に、私は、体調を崩してしまい コンディションが思わしくなく、 いつもなら、らくらくと歌う事の出来る曲が、とても辛く、 本番でもやはり、思うように歌えませんでした。 そして、最後のカーテンコールの時に、 「私、今日は不本意な出来でした、すみません」という顔つきと、態度でお辞儀をしてしまいました。 それを見ていた、そのクラスの指導者でもあり、アメリカでも有名な、あるコーチが、”君が、不本意な演奏をして残念な気持ちはとてもよく分かるが、そんな態度のお辞儀をしてはいけない。観客はそんな態度を見たくはないし、そういう時こそ堂々としていなくてはいけないんだよ”と言われたのです。 正直言って、その時には、それは何だかフェイクのように感じ、 良い演奏が出来なかったのに堂々としているなんて、 とても気持ちが悪いし、自分には出来ないと思ったものでした。 しかし、その後、ある一流の舞台で、 とても出来が悪く、良く歌えなかった歌手が、カーテンコールで、自分は世界一の歌手なのだと言うような態度で 拍手を受けているのを見て私は、 あんなによく歌っていなかったのに、(しかも自分でもそれが判っているだろうに)こんなに堂々としていて、あっぱれだと思い、 又これこそがやはりプロフェッショナルな態度なのだ、と 気がついたのです。 ”観客は皆、あなたが好きになりたい、 あなたに拍手をしたいと思っているのよ”とは、 又別の、私の敬愛するある先生の言葉です。 誰も、文句をつけたくて演奏会やオペラに足を運ぶ人はいません。皆、楽しい、素敵な時間を過ごしたいと思って、 お金を払ってわざわざ来て下さるのです。 だとしたら、もし仮に出来が不満足だとしても、 堂々として拍手を受ける態度の方が 観ている方も気持ちのよいものだし、 もしかしたら自分が不満足な演奏だと思っても それを良かった、楽しかった、 と思って聞いてくれる観客もいるかもしれません。 結局は、聴いてくれている一人一人の観客が、よかったよくなかったを決める事なので、演奏者が自分で勝手に、その評価を下す事は、傲慢ですらあるとも言えかねません。 おとといのコンサートでも、楽しむと言うよりは、 自分のコンディションとの闘いではありましたが、 普通の状態の時なら、気をつけなくてもできる事でも、おとといは、細心の注意を払って、丁寧な作業を行ったり、いつもの何倍も集中して歌った事で、逆に、いいものが出来た瞬間も多くもてました。 そんなわけで、自分としては、当然風邪を引いていないときよりも、声量は無いし、 上手くいかないところも当然あったのですが、 全体としては良いコンサートが行えたと思います。 又観客の皆様も、プログラムも華やかだった事などもあって、 大変喜んでいただきましたし、他二人のソリストも(彼らも素晴らしかったです)、 麻子と歌えてよかった、光栄だった、と言ってくれたので、 自分としては出来るだけの事はしたと思います。 そして当然カーテンコールも終始にこやかに、行いました。 が、そうはいっても、やはりコンサートが終わってホテルに戻ってみると、 こんな時期に風邪をひくなんて、やはりプロフェッショナルではないなあ、、 など落ち込みそうになりました。が、 落ち込んでも寝られなくなるだけで、いいことは何も無いので、 これから如何に風邪を引かないのか、を又考える事にしました。 どなたか、こうすれば風邪を引きにくくなると言ういい方法を知っている方が 居られたら、ぜひ教えてください! 以前もブログで書いたとおり、歌手は風邪を引きやすく、又しょっちゅう うつしあっているので、防ぐのは本当に難しいのですが、、、、、 それでは、皆様が それぞれ素敵な良いクリスマスを過ごされる事を祈って! 1週間更新しなかったので、順位が少し落ちてしまいましたが それでも、ベスト10にはいっているのは、ほんとに皆様のお陰です!有難うございます。人気blogランキングへ      

イタリアの話

風邪は随分よくなりましたが、ずっと寝ていたため 大幅に暗譜の勉強が遅れ、 今週木曜日のクリスマスコンサートのために今必死で取り組んでいます、、、。 さて、このブログでもすぐに食べ物の話をしてしまうため、 皆さんとっくにわかってらっしゃる事と思いますが、 私は食べる事が大好きです。 日本にいた頃は、食い意地がはっているだの、 女だてらによく食べるだの、あまりよく言われていなかったのですが、 イタリアでは、誰も彼も食べ物の話にとても熱心! イタリアが好きだーーと、最初に思ったのが、この点でした。 しかも、私がホームステイしていたイタリア人家族の両親は、 私が外食したりした次の日は必ず、昨夜は何処で何を食べたの?おいしかった?と 質問してきます。そして、前菜、パスタ、メイン、デザート、のメニュー、調理の仕方、美味しさ、など根掘り葉掘り聞かれ、そしてカフェは何を飲んだか、で質問は終わるかと思いきや、、、、、で、麻子の友達は何を頼んだの?と又最初に戻り、 友達のメニュー、美味しさ、まで言わされたものでした。 また、イタリア人は、ご飯を食べながら違う食べ物の話、料理のレシピ、 違う国の料理の話をする人が結構います。折角今美味しいお料理を食べているのに、、、 と私など思う時もありますが、彼らはあまり気にしない様子。 美味しいパスタを食べながら、ああ、あのナポリのピザが食べたい!などと言うのは、 目の前の食事を楽しんでないと言うことではなく、そうやって、食べるという行為の 喜びを倍増させているとも言えるのかもしれませんが(?)。 とは言え、今、目の前にあることに集中する、今目の前にあることを 目一杯楽しむ、と言う事を教えてもらったのも、イタリアでした。 イタリアの友人たちはよく、”Si vive il presente”(今この瞬間を生きる) という言い方をします。未来は今の積み重ねなのだから、今がよくなくて、 何故未来がいいわけあろうか?と言う事なのですが、 確かに、現代の私たちは、今目の前にあるこの瞬間を味わうということよりも、 先のことばかりを考えたり、心配したりして、 今のこの瞬間をおざなりにしている事が多いと思います。 私のイタリアで身についた良い癖のひとつにこの、”今を味わう”という事がありますが、これを意識するようになってから、より落ち着いて、あせらなくなってきたように感じます。 計画する事が苦手で、したとしてもなかなかそのように進まないイタリア。 そんなイタリアは、EUの中でも、あきれられてる面があることは本当です。 しかし、こういう思想の一つ一つが、世相や文化に反映され、 世界中から、常に「住んでみたい国トップ3」に選ばれる、魅力を放つ国に なり得ているのでしょう。 もちろん私にとっても、イタリアはいつも居心地の良い、大好きな国ですが、 それでも、私の第2のふるさとアメリカ、そして本当のわが国日本、 も等しく愛しています。 どの国にも、それぞれ他の国には無い魅力と、長所、そしてそれに伴う欠点 というものがあります。 “今を味わう”私は、“そのときに滞在しているその国”を思い切り味わいたいと思っています。 今はNYにいるのに、なぜか今日はイタリアのことを書いてしまいました。 きっと先日このNYで買ったドライトマトの味が、イタリアで買ったドライトマト と全然違う事に不満を感じて、その事でイタリアを思い出したからだと思います。。。 それではまた! なんと9位につけています。嬉しいーー皆様のお陰です。→ 人気blogランキングへ

エッグ・ベネディクト

今日は、アメリカ独特の美味しいものの話でも、、、、。 先週末、風邪を引く前に、アッパーウェストにある、 とあるカフェで友人たちとブランチをしました。 全員こちらに来てから知り合った日本人の友達で、その日は11人の大人と 2人の幼児、と言う構成でした。 NYという街は、来る人去る人が常に入り乱れている街で、これまで一体何人もの人を迎え、送ってきたことでしょうか。 その日も、集まった人数の半分は今月中に 日本へ帰国する事が決まっていたので、私を含む残されるものたちは、 少しさびしい思いをしながらも、和やかな楽しい会を満喫しました。 その日私は、エッグベネディクトを頼んだのですが、そのときふと、 私はこれを他の国で食べた経験が無いことに気がつき、 ひょっとして、これはアメリカ独特の料理では無いかと思ったのでした。 (他の国で食べた事のある方がいたら、教えてください!!) これをはじめて食べたのは、NYに来て間もない頃でしたが、 それ以来このダイナーや、カフェの定番メニューであるエッグベネディクトは、 私のアメリカ食のなかでの、お気に入りの一品です。 程よく焼けたマフィンの上に、生のサーモン、またはカナディアンハムと呼ばれる 分厚くて、ジューシーなハムを載せ、その上に、半熟の卵をぽこっとのせて上から 黄色いベネディクトソースをかけて食べるものです。 卵にナイフを入れると、トロッと卵の黄身が流れ出てきて、ハムやマフィンの上にかかるので、それを絡めながら食べるとまたさらに美味しい、、! アメリカのダイナー、またはカフェには、大抵あるメニューですので、 食べた事の無い方は、ぜひ挑戦してみてください。よほどの卵嫌いの方でもなければ、 誰にでも受け入れられる、素朴な味です。 それから、ダイナーと言えば、、、 知らない方は意外に思われるかもしれませんが、ベルギーワッフルもなかなかいけます。 本場のベルギーで食べさせてくれるワッフルとは、やはり少し味も趣きも違うのですが、 アメリカのダイナーで食べさせてくれるワッフルも、表面はかりっとしていて、中はふわふわ、そこにバナナやイチゴの切ったものや、生クリームをのせて食べるのですが、 結構美味しいものです。私はNYにもどると、必ずダイナーに行って、このエッグベネディクトと、ベルギーワッフルを食べますが、もちろん、他にもアメリカならではの美味しいものは、探せばけっこうありますので、いつか、又その事も書きたいと思います。 (たとえば、ロブスター、例えば、ステーキなど、、、) では、エッグベネディクトの写真をアップしておきますね。 昨日ある瞬間、10位に入っていたそうです。嬉しいです。これから何位まで上っていけるのか、楽しみにしています。皆様のお陰だと感謝しています。→人気blogランキングへ

夢日記

風邪もいよいよ佳境(?)に入り、1日の殆どを寝てすごしています。 来週のクリスマスコンサートの暗譜や、しなくてはならない山のような雑事を 意識のどこかで気にしている為、色々変な夢をみますが、 それでも寝るのが一番と信じて、ひたすら眠っています。 と言う事で、今日はちょっといつもと趣向を変えて、夢の話などを書きたいと思います。 人間は誰しも寝ている間、夢を見ており、 見ていないと言うものはそれを覚えていないだけだ、と言う説を読んだ事があります。 また、カール・ユング(フロイトの弟子の、心理学者)は 夢を大変重要視し、患者の精神分析に大いに役立てたと言う話は有名な話です。 それから、アインシュタイン、レオナルドダヴィンチ、ニュートン、など夢の記録を 克明に書き綴っていた偉人も多く、私もそれに習って、一時期 毎日のように夢日記をつけていた事があります。 ちょうど、今から10数年前の大学受験のころだったのですが、 先日日本に帰国した際に、とても久し振りにその夢日記を手にとって読んでみました。 そうすると、、、、! なんと驚くべき事に、そのときは意味も判らず、ただ見たままの夢を書き綴っていたもののいくつかは、そのあと何年かしてから、実現していたり、そのとおりになっている事が判明したのです。たとえば、、、、そのときは誰も予想しなかったような、私の友人と友人との結婚(その頃には、二人とも知り合いですらなかった)や、自分の身の上にしても、そのときは、まさかそんな事が起ころうとは文字通り夢にも思わなかった事が、結果としてその通りになっていたり、その頃起こった不思議な出来事の真相や、何故その人がその時に夢の中でそういっていたのか、など、もう10数年もたった今からみると、 すべてつじつまが合うのです。これには、心底驚きました。 これまで自分にはまったく霊的な力があるとは思っておらず、 どちらかと言うと、鈍い方だと思っていたのですが、 そんな私でも、こういう予知夢めいたものを見ているくらいですから、 やはりどんな人間も第6感と言うものがあるのだと思います。 人間の脳は、あらゆる事象の情報をいろいろな形で読み取り、 脳のどこかにインプットしておき、それを夢は整理したり、 または思いもかけない形で、時々ふと見せてくれるのだと思いました。 そういえば、半年ほど前、こういう事もありました。 その頃、歌の発声上、どうしても手にいれることのできないテクニックがあり、 1日中ああでもない、こうでもないとその事について考えている時がありました。 そして、ある晩ついに夢の中にまで出てきて、夢の中でも悩みながら練習していました。 しかし不思議な事にそのときは、夢の中で、誰かが傍にいて、 その時ふいに、それまでまったくアプローチした事のなかったような、 180度別の見方で、ある意見を言ってくれたのです。 夢の中の私は、その意見があまりに衝撃的で、ああ、そうかも知れないと思い、 突然本当に眼を覚ましました。そして、起きてみてよく考えてみても、その意見はとても正しいように思い、次の日の朝、早速そのアプローチに従って練習を始めてみました。 そうすると、練習を始めてから、 それまでどうしても出来なかったテクニックのやり方が 突然つかめた、と言う事がありました。 聖書の中の言葉に、求めよ、さらば与えられん、というものがありますが、 この時ほど、その言葉を実感した事はありませんでした。 ユングの説では、個人の夢は、潜在意識の世界とつながっており、 それがひいては、人類みんなの共通意識ともつながっていると言います。 私はそれが、科学的に証明されているのかどうかは知らないのですが、 自分の体験から、それは本当かもしれないと思います。 だから、私はシンクロニシティ(共時性)も信じますし、 実際、物事がうまく進んでいるときには、私の周りでも良く起こります。 この手の話も、書き出すととても長くなりますので、 今日はこのあたりで終わりにして、 又いつかこの続きを書きたいと思います。 皆さんのなかでも興味のある方がいたら、今日から夢日記をつけてみてください。 自分の事で色々と発見があり、楽しいですよ。では! 後、少しで10位以内に入れそうで、ちょっとわくわくしています。どうぞよろしくお願いします。→ 人気blogランキングへ

歌の中の言葉

気をつけていたのですが、風邪をひいてしまいました、、、。 来週は、クリスマスコンサートがあるので、 それまでに、治さないと、、と思っていますが、まあ ひいてしまったものは仕方ないので、ゆっくり寝て治そうと思います。 ちなみに、コンサートはロスアンジェルスのPasadena(パサデナ)という地域のAuditoriumにてアジアンアメリカンオーケストラという、 アジア人とアメリカ人とが半々に所属するオーケストラと共に行われます。 ご興味のある方がいらしたら、ぜひ私まで声をおかけ下さいませ。 そんなわけで今日は頭がややぼーっとしていますが、 久し振りに自分のブログを読み返していると、この次書きますといって 書いていないものがいっぱいある事に気がつきました。 ですので、今日はその中でも、まだ中途半端になっていた ”オペラ界におけるアジア人のディスアドヴァンテージ”について 続きを書きつつ、とりあえず終わらせたいと思います。 さて、11月14日に書いたものが前回のものにあたるのですが、 その中では、言葉が血となり肉となり、様々な経験や感情を伴っていないと、 生きた言葉として、発する事が難しいという話でした。 例えば、、、 嬉しいという事がどういうことか知らない歌手(まあ、そんな人はいないと思いますがたとえば)は、どんなに良い声と美しい響きで、その嬉しいという言葉を彩ったとしても、 その大元の感情がどんなものかわからない事には、 観客の心を動かすような真実の響きにならない上、もし、それを"表現"としたとしても、似て非なる物である以上、どうしても偽の響き、もしくはとってつけたような人工的な響きにしかならないわけです。 そんなわけで、自分の歌い演じる役の台詞が、その身体に経験として入っていない場合は、いくら表面ではその”意味”を理解したとしていても、 それは浅い理解でしかなく、そんな時こそが、その台詞や、場面を”説明”するための 不必要で、とってつけたような身ぶりや、ジェスチャーが出やすくなってしまう時です。 以前にもお話したと思いますが、 私たちアジア人の歌手は、ついこの“説明的演技”をしてしまう事が、本当に多く、 気をつけていても、その言葉が体の中にしみこんだ、肉の経験 を伴った言葉でない限り、ついついそうして歌ってしまうものです。 私の場合なんかでは、少し喋る事の出来る英語、イタリア語ですら、 やはり日本語に比べると距離があるため、ついつい 何かその歌詞を”表現しよう”と、説明的なことを始めそうになっていたりする時も まだまだあり、喋る事のできる言語ですらそうですから、 特に自分にとってなじみの無い、 普段使っていない言語がテキストの場合は、 (例えば、チェコ語、例えばノルウェー語など) 推して知るべしです。 しかし、まあこれは東洋人でなくとも、 自国語がテキストで無い場合には、気をつけていても、 どの国の歌手や、俳優にも起こりがちな事のようではありますが。 が、歌手にしても、演劇人にしても全く同じだと思いますが、これは、 異国語による舞台芸術を選んでしまったものの宿命として、 必ず超えなくてはいけない壁だと思っています。 舞台人として、歌手として、いいアートを作り続けたいと願うのであるなら、 当然の事ですし、私も今まさに、強くその必要性を感じているところです。 10の表現を、8でもなく9.5でもなく、はたまた12でもなく、 ちょっきりの10で表現される時だけ、観客はその演じ手、歌い手の心からの 響きを感じ取り、ひいては心が動かされるだと思います。 これは、音楽のつかない演劇の台詞でも、 言葉が音楽になっているオペラやミュージカルの台詞でも、全く同じことです。 今回書いたことは、私も今努力中のことですし、色々と模索中です。ので、 又、新しく発見したり、思いついたりしたら、随時書いてゆきたいと思っています。 皆様のお陰で、いつもランキング25位以内にいられています。 本当に有難うございます!→人気blogランキングへ

エルパソオペラ

こんにちは。 既に、プロフィール欄には書いたのですが、、、、 来年、テキサス州のエルパソオペラで、ヴェルディ作曲の椿姫の主役 ヴィオレッタを歌う事が決まりました。 10月30日付けのブログに、そのときのオーディションの様子を書きましたが、 正直言って、まさかあのオーディションでこの役を取れるとは、 思っていませんでした、、、確かにあのときの反応はかなり良いものでしたが、 オーディションで、実際仕事が決まるという事が、あまり無いことを知っている上、 何度もブログに書いているように、自分のコンとロール外のことですので、 まあ、過去に歌った誰かがまた歌うのだろうな、、などと考えていたのです。 しかし、思いもかけぬ白羽の矢。 もちろんとても嬉しいですし、 これで、ルーティーンが多いと思っていたアメリカの劇場の、 この冬のオーディションシーズンで、本当に役が決まる事があることも判りました。 公演は来年2006年の10月です。そのあたりに、 テキサス付近にいらっしゃる方があれば、ぜひ観にいらして下さい。 全力を尽くして、最高のヴィオレッタにしたいと思っています。 ちなみに、私のアメリカのマネージャーが、この事を電話で知らせて来る時に、 少しだけ涙声だったのが印象的でした。 "I am really happy for you....!"と絶句した彼女の声は、 どこか親戚のおばさんのようにも思え、 全然大きなマネージメントではなく、大きな力も無い彼女ですが、 私の歌にほれ込んで、一生懸命私のために頑張ってくれているのだなあ、、、と 少し胸が熱くなりました。 彼女は、麻子はもっともっと活躍をするべきだ、それにふさわしく勉強も努力もしている、と常日頃思っていてくれて、私にも面と向かって言ってくれている位なので、 ことさら、私に報告してくる時に嬉しかったのだと思います。 オーディションシーズンの終わりに、良い報告が出来て、私も嬉しく思っています。 又詳細が判りましたら、ここにお知らせしたいと思います。 本日もどうぞよろしくお願いします。→人気blogランキングへ

鉄のハート

前回のブログで、うにを食べるのは日本人とイタリア人だけだと聞いた事があるが、 もし他の国でも食べていること知っている人がいたら教えて欲しいと書いたら、 フランス人も食べているというお知らせを頂きました。 との事で、前回の発言をここに訂正させていただきます。 ちなみに、私の単なる好奇心なのですが、 その他の国でも食べているのを知っている方が居たら、 ぜひ私までお知らせいただけると嬉しく存じます。 さてさて、、、、、 先週NYに戻ってきてから今日まで、既に3つのオーディションを受けましたが、 今日をもって、私のオーディションシーズンは一区切りつきました。 正直言って、ほっとしています。オーディションがなければないで困るのですが、 やはり、オーディションばかりが続いて、なかなか結果が出てこないと疲れるものです。とは言え、昔と比べれば随分落ち込まなくなったのですが。 昔はオーディションで、仕事が取れないたびに、何処が悪かったのか、 あそこが悪かったのか、と、いちいち落ち込んでいましたが、 本当にそんなことでは文字通り体が持ちません。 いつかも書きましたが、、、、 オーディションというものは、 例えばそのオーディションで、そこにいる誰よりもその役を素晴らしく歌い演じたところで、その役がとれるとは限らないものなのです。 それは、その役を歌うには、声が大きすぎる小さすぎる、又はやせすぎ背が高すぎ低すぎ、はてまた顔が良すぎる、歌が上手すぎるなどなど、本当に計り知れない様々な理由があるので、考えたところで仕方が無いのです。自分のコントロール外のところで決まるのですから。 この時期になると、かつて仲の良かった韓国人ソプラノの私の友人が、 しばらくこのアメリカで頑張った後に、国に帰ったことを思い出します。 彼女は、欧米の7つの声楽コンクールで優勝、または入賞するという 輝かしい経歴を持っていましたが、 その後2年間くらいずっとアメリカでオーディションを受け続けても 何も通らず、仕事をとれませんでした。 コンクールは、その曲を上手に歌った人が賞をとりますが、 オーディションというものは、その作品をプロデュースする人、または もっと言えば、その作品を商品として世に出す責任を負った人たちが、 この歌い手は、ちゃんとお金を稼いでくれるのか、この歌、この存在に 世の中はお金を払うのか、という視点から見るので、 上手に歌ったからといって、それは絶対条件ではないわけです。 あの頃は、私も彼女もその点が今ひとつ良く理解できていませんでしたが、、、 そんななか、ある日彼女は私に、 国に帰るべきか、もう少し頑張り続けるべきか意見を聞いてきました。 私は、確たる根拠も無いままでしたが、 後もう少し頑張りつづければ、きっとそのうち役がとれると思うから、 もうすこし一緒に頑張ろうと励ましたのですが、 結局彼女は、色々考えた末、諦めて韓国に帰って、音大の先生になりました。 もちろんそれもひとつの選択で、人にとって幸せの形はそれぞれですから、 私は彼女が今幸せなら満足です。でも、もし今でも、頑張り続けていたとしたら、 きっと彼女にも今頃、何かが訪れていたに違いないと思うのです。 オーディションで仕事を得るとはそういうこと、、、、 つまり、とくに競争の激しいソプラノ界では、いかに諦めないで、落ち込まないで、 止めずに、明るく、もくもくと続けていくかという事だと思うのです。 しかし、言うのはたやすいのですが、それがどれほど困難な事で 人を疲労させるのかは、私が一番よく知っています。 色々な屈辱に耐え、どんなに絶望的な状況の中でも歌い続ける喜びを失わず、 明るく頑張り続けるということは、本当にこの世界で生きていくには、 それこそが、宝石のように大切なことだと思います。 私自身も落ち込みやすい方でしたので、自分でも 長い間そう言い聞かせながらここまで来ました。 よくプリマドンナたるものは、 鉄のハートを持たなくてはならない。と言います。 どんなプレッシャーがあろうが、どんなに大変なことが起ころうと、 精神的にどんなに不安定であろうが、“何も問題ないわ”と言って、 自分の最高の歌を歌うためには、並でない心の強さが必要だと。 私はその“強さ”とは、どんな時にでも希望を失わず、 明るくいられるかという事だと思っています。 誰でも不安定な時はつい、心配になってしまったり、 マイナスのことを考えてしまうものですが、あえてそこをそうしないだけの強さ。 オーディションをうけ続けることの何がよいのか、、、 それは、自分の歌について考え続け、強い心を養ってくれるという事だと思います。 いつも有難うございます!→ 人気blogランキングへ

おすし in NYC

先週末、寒いイタリアから、さらに寒いNYに戻ってきました。 まあ、12月に入ったのですから寒いのは当たり前なのですが、、。 さて、NYに戻ってすぐにイタリアから知り合いが来ていたので、 何日間か、街案内に付き合いました。 NYのみならず、アメリカは初めてという彼の今回の一番の大きな経験は、 アッパーウェストにある自然史博物館と、それからお鮨でした。 星の数ほどあるマンハッタンのおすし屋さんの中でも、 私がとりわけ気に入っているXXXXに連れて行って、 カウンターでにぎってもらう事にしました。 イタリア人の中でもとくに舌の肥えた彼は、 元々日本食が好きだとは言っていたのですが、 最初に出てきた中とろに、既に興奮、感激しまくっていて、 ”これまでの人生で食べたすしの中でも最高レベルのすしだと、伝えてくれ!” との仰せが。 私がその通りに日本人の板さんに伝えると、彼もにこにこしながら “いやーイタリア人は、アメリカ人に比べて舌が繊細だねーー”とご満悦。 私も、日ごろからそのように思っていたので、 ”そうなんですよ、イタリアには日本食大好きな人が多くて、 特に魚を日本人同様よく食べる民族だからか、イタリアでも おすしはかなり人気ですよ。”などと話していました。 実際私は、世界広しといえども、うにを食べるのは 日本人とイタリア人だけだと聞いた事がありますし、 素朴な味の物を好むイタリア人の舌と日本人の舌は 似ているところが多くあるように思います。 (これについて、他の国でも食べるよ!という情報を知っている方が居たら どうか教えてくださいませ) ちなみに彼は穴子と甘えビにも大感激、もう一度お替わりを頼んでいました。 アメリカ人のおすし好きの人で、お醤油をびっくりするくらいご飯に浸して 食べる人を良く見かけますが、 イタリア人の彼は、お醤油を多くつけすぎると美味しくないとすぐに理解し、 きちんと板さんに教えられたとおり、ねたの方にチョコッとつけて 上手に食べていました。 何はともあれ、大好きなNYの街と、日本の本格的なお鮨の両方を 味わってもらう事が出来て、私も満足しました。 東京の街をアメリカ人に案内するのと、又違った興味深い趣があり、 私もまた色々といい勉強になった数日間でした。 それでは又! よろしくお願いいたします。→人気blogランキングへ
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asako tamura

Author:asako tamura
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