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新・田村麻子のオペラな人生 2005年11月

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歌のレッスン

こんにちは、相変わらず寒いヴェローナからです。 今夜はヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場に知り合いのコンサートを聴きに行きます。 楽しみ!というわけで、 もう少ししたら出かけるのであまり時間がありませんが、少しだけ書きます。 昨日は、やはり1ヶ月ぶりくらいにイタリアの先生のところに行きましたが、 充実した良いレッスンが受けられ、満足しています。 この1ヶ月、コンサートやオーディション続きだったので、 ひょっとしたらフォームが乱れているかもしれない、と思い心配だったのですが、 乱れるどころか良くなっていると言われ、ほっとしました。 よく言われることですが、、、、 声楽家というものは、自分の本当の声が判りません。 自分の出している声を、客観的に聞くことが一生出来ないのです。 歌を習い始めた頃によく言われたことは、 自分に聞こえるこえは、骨や、内耳を通って肉体の内側から聞く声と、 外の空気を伝わって聞こえる外からの自分の声が混ざり合っているものなので、 自分に聞こえる良い声が、必ずしもいい声だとは限らない、というものでした。 むしろ、自分に聞こえる良い声は、他人が聞くと良いと思えないことも 往々にしてあり、なるべく自分の声を聞かず、 先生が良いといった時の感覚を筋肉に覚えさせ、それに従事する、、 というやり方が、今の声楽界の一般的なレッスンの核になっていると思います。 とは言え、人間という楽器は、感情も好みも持っているため、 頭ではそのことを理解していても、どうしても自分の”好み”の声を出しがちになってしまうのも、本当のことです。 したがって、どんな歌手も、常に先生やもしくは信用の置ける良い耳を持った人に、 常に自分の声、テクニックをチェックしてもらっていないと、 少しずつ少しずつ、テクニックが乱れる(自分の好みに傾いていってしまうから) という事になっていくのです。 これは、歌を始めたばかりの人はおろか、現役の歌手についてもいえることで、 そんな歌手ほど常に、微調整が必要な、感情を持つ、生の楽器なのです。 という事で、とりあえず今日はこれから少しだけ練習した後、 ヴェネツィアに行って参ります。 今日もよろしくお願いいたします。有難うございます→人気blogランキングへ
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ホットチョコレート

ホットチョコレート イタリアにはバールと呼ばれる、カフェなどをカウンターなどで注文して立ち飲みする(もちろん座りたい人は座れます)小さい店が街のいたるところにあります。 水やタバコも売っていて、カフェもエスプレッソ、マッキアート、何でも飲めるのですが、冬になると、ホットチョコレートも飲めるようになります。 始めて飲んだときには、このトロッとした、やわらかく溶けたチョコレートにお湯をたしたような美味なる飲みもの“チョコラータ・カルダ”にすっかり感激し、 去年などはスーパーマーケットでごっそり手にいれて、バールだけでなく、うちでも毎日のように飲んでいたものです。そんなわけで最近では、少し飽きたかな、、と思っていたのですが やはり今日のように、零度を下回る寒さだと、どうしても身体を温めるものがほしくなり、ポルタ・ボルサリと呼ばれる“昔の関所”の近くのバールにて、今年初めてのチョコラータカルダを飲みました。甘くおいしく、そして冬の味がしました、、、、! さて飲み物のついでに、食べ物の話しもしたいと思います。 日曜の昼食は、イタリア人の家庭にとって家族の集う大切な時間である事が多く、 私のお世話になっている家庭でも、私が1ヶ月少し振りに戻って来た事もあって、 一家揃って、豪華な昼食を用意してくれました。 メニューはですね、、、ファジョリーニ(インゲン豆)のパスタ、ボローニャ風ラザニア、ローストビーフ、ポレンタ:きのことソーセージ添え、サラダ、そしてアップルパイと、カフェ、、、といった私の好物ばかりでした。 どれもこれも美味しいのと、久し振りだったので話が弾んだ事もあり、テーブルについていた時間は、普段より長い日曜日の昼食よりさらに長い3時間半!そんなわけで、ついつい食べ過ぎてしまいました。 ところで、ひさしぶりに、この食事のときの写真をアップしてみます。写っているのは、ポレンタ(とうもろこしの粉を挽いて水と混ぜこねたもので、北イタリア、ヴェネト地方の郷土料理)とそれと一緒に食べるきのこと、ソーセージです。いやーーほんとに美味しかったです! 明日は久し振りにイタリアのマエストラ(歌の先生)のレッスンです。 おやすみなさいませ。 今日も、よろしくお願いいたします。→ 人気blogランキングへ

雪のヴェネツィア

移動が多く、書きたい事が山のようにあるのですが、なかなか時間が取れませんでした。日本では勤労感謝の日、アメリカでは、サンクスギヴィングとホリデーシーズンでしたが、皆様はどのように過ごされましたか? カーディフの思い出話や、コンクールについて、 又ロンドンについてなど、書きたい事が目白押しなのですが、 なにぶん、身の上に起こることと私のコンピューターに向かう時間 がうまく見合わず、お伝えできずに居ますが、 必ずいつか書きますので、楽しみにしていてくださる方は、 もう少しお待ちくださいね。 という事で、あせらずに、 今日は、とりあえず順を追って、起こったことを少しずつ書きたいと思います。 さて、霧のロンドンを発って、イタリアにやってきました。 ヴェローナに向かう事になっていたので、 一番近い空港であるヴェローナ空港につく便がもちろん便利だったのは言うまでも無いことなのですが、ふとひさしぶりにヴェネツィアに寄って行こうと気になって、 (ヴェローナからは、電車で2時間あまりです。) ロンドンヒースローからヴェネツィアのマルコポーロ空港に飛ぶことに決めたのは、 つい何日か前の事でした。 ロンドンがいい加減寒かったので、イタリアの暖かい空気を期待していたのですが、 ヴェネツィアについてみると見事に予想は裏切られ、 なんと雪が降りしきっていたのです! その上というか、ヴェネツィアに到着する前に実は、 まずロンドンヒースローでは、かつて無いほどの飛行機の遅延をロンドンヒースローで体験させられ、いい加減疲れていたので、この寒さはかなり応えました。 そんなわけで、 街の散策と共に、イチゴのワインでも買ってヴェローナにのんびり向かおうと思っていた私は、予定を変更して、みぞれの様な雪の降りしきる中、濡れて重くなったスーツケースを引きずって、そそくさとヴェローナに向かいました。が、 雨の中写真だけはしっかり撮りましたので、アップしておきますね。 そして夜は夜で、ヴェローナのさらに隣町のマントヴァという街に、 オペラ”カルメン”を観に行ってきました。 私のイタリアのマネージャーによると、数日前 あるイタリア人のテノール(イタリア人)から電話があり、 「今現在のマネージャーとの関係を終わりにして、 ぜひ今度はあなたと働きたいので歌を聴いてくれ」というリクエストを受けた、 ということでした。 余談ですが、私のイタリアのマネージャーは、かなり腕利きで有名なので、 必ず1日4-5件はこういうリクエストがメールや、電話やを通してあるということです。 という事で、彼は普段は、いちいちそのようなリクエストに答えないそうなのですが、 今夜のテノールは、すでにもうイタリアの各地で歌っていて、 ある程度名前も知られているため、聞いてみようと言う気になり、 私もそのお供をさせてもらったというわけでした。 ところが、、、、、蓋をあけてみると、、、、 これが実に泣きたくなるような公演でした。 実際私は1幕で、本当に心の中で泣いていました。あまりのレヴェルの低さに、、、。 詳しく書くと同僚である歌手をけなしてしまう事になり、申し訳ないので控えさせていただきますが、いくらイタリアの大手では無いといっても(イタリアでのメジャーはENTEと呼ばれ、これはミラノスカラ座などを含む13歌劇場の事を指します) このような出来では、肝心の本場のイタリアですら、 オペラ離れが進むのも仕方なかろうと、思ってしまいました。 特に、主役3人(カルメン、ミカエラ、ホセ)は、テクニック、解釈、演技、どれをとっても納得のいかない事のオンパレードで、いくらなんでもこんなに勉強不足では、観客に対しても、何より音楽に対して失礼だろうと、同じ歌手として悲しい気持ちでいっぱいでした。 という事で、 悪天候のための長旅と、不愉快になるような公演で、さぞ疲れてしまうかと思いきや、 反面教師というべきか、不思議と公演後の私の身体はエネルギーに満ち溢れ、 やはりたゆまない努力の結果であるテクニックこそが感動を生むのであって、 イタリア人だからとか、もち声の良さだけに胡坐をかいているものは 2流になってしまうのだと、再度思い返していた次第でした。 ちなみに、雪のためか、観客数も少なく、公演自体も覇気にかけていました。 私のマネージャーはもちろん、1幕で帰ってしまい、”興味なし”との事でした。 かわいそうだとは思いましたが、今夜ホセを歌ったテノール君には もっともっと勉強して欲しいと切実に思いました。 ダイヤモンドの原石も、磨かなければただの炭です。 皆、ダイヤモンドを抱えて生まれてきているのですから、 自分に与えられたダイヤモンドをこつこつ磨いていきたいものです。 それでは、又明日!

霧のロンドンより

こんにちは、お久しぶりです。今私は、寒くて湿度の高いロンドンにいます。 夏以外にイギリスに来た事がなかったので知らなかったのですが、 噂通り、本当に霧が濃くて深いのですね、、、、。 さて、おととい私は、ウェールズのカーディフと言う街の、 ウェルシュナショナルオペラという劇場のオーディションに行って参りました。 この街で行われる、カーディフ国際コンクールというヨーロッパで一番大きな また大切だと言われているコンクールに大した予備知識も、気負いもなく参加したのは 6年前の1999年の事でした。 思えば、それがきっかけで、こうして今度はオーディションに戻ってくる 事になったのです。 おとといのオーディションは、はるばるNYCから出向いていったにも関わらず、 10分弱ほど歌いましたが、特別の関心を持たれたという訳ではなさそうで、 Excellent,Thank you so much for coming. で終わりました。(まあそれが普通だからいいのですが) 歌い終わった直後は、もうそろそろそのためだけに出向くオーディションも 終わりにしたいなあ、、、と、またまた虚しい気分になりつつあったのですが、 その後、その日26人のオーディショネアー(オーディションを受ける人、の意) が、それぞれ各地から私のように出向いてきていた事を知り、 そうか、私だけでなく皆がんばっているんだな、と少し、暗い気分が払拭されました。 そしてくよくよしていても、もったいないと気を取り直して、 私の大好きな、6年前にも通ったアフタヌーンティー(この地方では クリームティーと呼ばれている様子)に繰り出し、 その香ばしいスコーンと、暖かい紅茶の湯気の中で、 私は、回想を始めたのです。。。。。 思えば、6年間に、コンクールのコンテスタントとしてここにきた頃から思うと、 よくもまあ、曲がりなりにもここまでやって来れたものだと、 目に見えない私を守ってくれている何かに感謝せずにいられません。 あの頃は今と違って、 海外で一人で何か行動するという事自身が、不安で不安で仕方なく、 また、歌手としても、自分への相応の自信が決定的に欠けていて、 舞台で自信あふれる演奏をするためにはどうすればいいのだろうと 常に考えていました。 カーディフ国際コンクールは、1週間の間BBCによって全英に放映されるような、 また優勝者は即、あちこちの歌劇場から声がかかるようになるという 本当に素晴らしいコンクールなのですが、 当時私にとっては、その大きなコンクールで、 緊張せず、自分のベストを出して、自分の納得のいく歌が歌いたい、 という事だけが悲願だったのでした。 それでは、カーディフ国際コンクールの思い出話はまたいつか、、、。 WNOの新しい本拠地(オペラハウスを含む巨大アートホール)の写真を アップしておきます。 どうぞよろしくお願いします→ 人気blogランキングへ

きのうの続き

きのうのロミオとジュリエット、結局のところ何が良かったのか、 と何人かから、訊かれました。ちょっと説明不足だったかもしれません。 何が良かったかというと、一言で言うと、主役二人の歌唱力です。 私はこれまでに職業柄もあり、数え切れないほどオペラに行っておりますが、 自分もやはり歌い手なので、舞台に立った歌手の立場からいつも舞台を見ています。 そんなこともあって、純粋にオペラの世界に入りこむことも 最近では少なくなってきているのですが、昨夜は、二人の歌唱がこの上なく安定していた事、そして演出もMETらしく豪華だった事、また 既に述べたとおり、歌手魂をくすぐる美しいフレーズの連続に 思わずに観客と化してしまい、珍しく浸って観てしまったというわけです。 もちろん所々、いつも通りかなり冷静に観ていた所もあるのですが、 全体として、最近のMETには珍しく、いい公演だったと思います。 私のNYでのコーチの一人が、METで長い間働いているトップのひとりなのですが、 彼女によると、年間のMET公演の内、すごく良かった!という公演は、1.5割、ちょっとひどいんじゃない、、という公演も1.5割。残り7割は、まあまあ、、OKというレベルのものだ、と昔いっていた事があります。私もこの意見に賛成で、大抵は、オペラの後の帰路で、あの歌手は良かったけど、あのテノールは勉強不足だし、指揮者のテンポにも納得がいかなかった、、、とか、全体にまあ悪くないけれど、演出がただ奇をてらったもので何の説得力も無い、、、とか、何も何処といって悪いところは無いけれど、なぜか感動するものが何もなかった、、など、 オペラを見終わった後に、”すごく良かった”といえる事は、本当になかなか少ないものです。 現に、先月ハンブルク歌劇場で観たCosi fan tutte(コシ・ファン・トゥッテ)、Pique D’ame(スペードの女王)、METで観たFalstaff(ファルスタッフ、Lucia di Lammermoor(ランメルモールのルチア)は、私から見ると、玉石混交で、どれも”すごく良かった”と手放しで言えませんでした。とは言え、それぞれの舞台から学ぶものは必ず毎回ある上、いい所もたくさんあるのですが。そんな中で、2日前のロミオとジュリエットは、久し振りに、何度も舞台を思い返してしまうほど、印象深かったというわけです。 ちなみに、公演後ロミオを歌ったラモンと話しましたが、 彼自身もきのうの公演の出来に満足していました。 練習中にねんざしたり、3幕で浮く事になっていたベッドが事故で落下したり、 本番前にコンタクトを裏返しに目に入れてしまって、 歌っている間中、ずっと目がごろごろしていた、、などと話していました。 本当に、オペラ歌手にハプニングはつきません! さて、これからイギリスに発ちます。 ネット環境次第では、更新がしばらく出来なくなるかもしれませんが、 何とか、頑張って1-2回くらいは書きたいと考えています。 が、少なくとも12月頭にNYCに戻ったら、又必ず再会しますので、 訪れてみてくださいませ。 もう少ししたら、HPも立ち上げて、そちらで私の歌、なども 訊いていただけるようにしたいと考えています。 <font>今日もどうぞよろしくお願いします。 人気blogランキングへ

ロミオとジュリエット

久し振りに、METに行ってまいりました。 ちなみに、オペラをあまりご存知で無い方のために、、METとはNYリンカーンセンターにあるメトロポリタン歌劇場の略で、その収容人数は、世界の屋外のオペラハウスのなかでは最大のもので、4000席前後(だったと思います。)というもので、内装も外装も、豪華絢爛な典型的な”オペラハウス”という劇場です。このMETについては、いつか又詳しくお話したいと思いますが、今日は簡単に昨夜の感想についてのみ。。。 さて、昨夜の演目は、フランスの作曲家グノーの「ロミオとジュリエット」。 筋は、あの有名なシェイクスピアのものと同じですが、オペラ用に脚色されているので、カットされていたり、強調されていたりする場面はあるのですが、、、。 結論から言うと、昨夜の舞台は、文句なく素晴らしかったです。 オペラは生ものですので、ハプニングはつき物、また その日の歌手人の調子や、歌手同士の相性、演出、オーケストラ、指揮者、 舞台装置、衣装、、、、色々な要素が絡み合って、ひとつの作品になっているものですから、どの部分も全てが完璧で素晴らしい、、ということは殆ど起こりえないことです。 が、昨夜の公演は、何と言っても主役二人の歌手、ラモン・ヴァルガス、とナタリー・デッセイというスター同士の公演で、この二人が、この公演の士気を圧倒的に高めていたと思います。 音楽がロマンティックすぎる、だの冗長な場面が多いだの、 グノーの作曲したもうひとつの有名なオペラ"ファウスト"と比べて、その出来をあまりよく言われないこの作品なのですが、個人的に私は大好きです。 何より、このオペラには、歌手魂をくすぐる、"ぜひ歌いたい!!"と思わせる、 美しいメロディーのオンパレードで、昨夜も、その音楽を堪能してきました。 オペラは、”やりたい!”と演奏家(歌手なり、指揮者なり)に思わせて、 聴衆に”聴きたい!”と思わせるものが、結局残ってゆきます。 今頻繁に上演されて、残っている数々の有名なオペラはそのようにして、自然淘汰されてきたものですので(まあ、クラシックという分野がそうなのですが) それらのオペラはやはり、多くの魅力にあふれています。 このBlogを読んでいらっしゃる方の中で、まだ生のオペラを観に行った事が無いけれど、 いってみたいという方がいらしたら、どうか最初は、"有名”かつ”よく上演されているもの”を観に行って下さる事をお勧めします。 オペラ初体験に、難しすぎたり、現代物を観て、全然いいと思わず、 すっかりオペラが嫌いになった、、というのでは、あまりに勿体無いですので! ちなみに、NYにいらっしゃる方は、このシーズンのロミオトジュリエット、必ず観に行っていただきたいと思います。必見ですよ!この主役二人を聞くだけでも価値があると思います。 それでは、今日もランキングの方をよろしくお願いいたします。→人気blogランキングへ

歌手仲間

今日も、又オーディションに行って参りました。 オーディション会場では、 自分の前後に歌うことになっている、他の歌手も当然 何人か居るのですが、 今日は、久し振りにたくさんの顔見知りの歌手仲間に会いました。 一人は同じマネージメントに属しているアーニャというロシア人ソプラノ。 そして、一人は音楽院時代に同級生だったこれまたロシア人のメッゾの イリーナ。そして、最近あちこちの劇場で活躍し始めており、あちこちのオーディション会場で会う、これまたロシア人ソプラノのインナ。 3人ともそれぞれに良い声と、根性を持っている歌仲間たちで、 私が歌い終わって部屋から出てくると 皆一斉に、"ブラーヴァ”"良かったわよ”などと声を掛けてくれます。 いつも思うのですが、その歌手がどれだけ素晴らしいのか、又どれだけ音楽に対して 真剣であるのかということは、 やはり同じように頑張っている歌手でしか、本当のところは 判らないものだと思っています。 ほんのわずかな事に見えるそのテクニックに何年を費やしたのか、 それをマスターするのに、どれほどの努力が必要だったのか、、、 それは、手にすることの出来たものだけが、 同じように、手にしたものに対して理解が出来るのです。 ですから、私にとって歌い手の友達は、とても大事ですし、 彼、彼女たちの言ってくれる腹蔵の無い意見は、とても貴重です。 しかし、一方で、同業者の友達というものは、他の世界同様なかなか難しいもので、 結局自分の芸術は、自分が築いていくだけのことなのだ、ということの判った 変なライバル心のない相手としか、私は友情関係を育む事が出来ません。 今日久し振りに会った彼女たち3人は、皆それぞれに一生懸命頑張っている 歌手たちで、彼女たち個人個人と私は良い関係にあります。 楽しいとばかりは言えないオーディションですが、 この世界で生き抜こうと、同じように頑張っている仲間と 今日のような久し振りの再会は、嬉しく、又励まされるものです。 私も彼女たちにとって同じような存在である事を願いつつ、 さわやかな気持ちで帰路に着きました。 明日は、月曜にプレミエ(初日)を終えたばかりの、 今シーズンMETの目玉の一つである「ロミオとジュリエット」(ニュープロダクションです) を観にいく予定。また感想をアップしますので、お楽しみに、、、! 皆様のお陰でランキングが徐々にアップしております。 励みになり、感謝しています。今日もどうぞよろしくお願いいたします。→人気blogランキングへ

ヘッドショット

お友達のヒロシさん(仮名)から、顔出しバトンなる不思議なものが回ってきました。 ので、今日は真面目にこの任務を遂行したいと思います。 といっても私は既に名前も顔も出している身分なので、 このプロフィール用の写真を新しくアップする事にしました。 実はこの写真は、アメリカでのオーディション用に取った顔写真のうちのひとつで、 これらはヘッドショットと呼ばれています。 私がアメリカの音楽院に入ったばかりのある日、この「ヘッドショットの撮られ方、又その選び方」という特別講義があり、さすがアメリカ、なんでもシステマティックだと驚いたものですが、、、。 その講義では、指導にあたった先生が、写真を取られる際の心構え、また出来上がった写真の何に注意して選ぶのか、などを話され、なかなか為になりました。そして 講義の最後には、各生徒の持って来たヘッドショットについてそれぞれ短いコメントをもらう時間が。 日本で撮った何点かのヘッドショットを持って言った私には、 “印象が弱すぎて、メッセージが何も伝わってこない”との事でした。 私の印象では一般的に、日本人に好まれる写真は概して、アメリカのオーディションの際には、弱い、印象が薄いといわれ、反対に、アメリカで好まれるものは、日本では、主張が強すぎ、押し付けがましいと言われる気がします。 そんな経験の中から、次第にアメリカでの仕事の際、又日本での仕事の際、に 写真を使い分けるという事も覚えていくようになりました。 今回アップしたこの写真は、私としては丁度中間だと思っています。 つまり、メッセージ性が無いわけでなく、かといって印象が強すぎるということも無い。 しかし、折角の機会ですから、皆様にも意見を伺いたいと思いますので、 ぜひ色々と、コメントをお願いいたしますね。 では、この顔出しバトン、、、、誰にお願いしようか迷いましたが、 やはり既に顔を出されている、高橋庄太郎さん。 お忙しそうですが、、、よろしくお願いいたしますね。 ルールは以下のとおりだそうです。 1.顔はいつの年代でも良い 2.写真の周りをお花で飾っても良い 3.小さくても良いがボカシは入れない 4.顔のパーツだけにする場合は、目が必ず入ること(片目でも良い) 5.無理な場合もあると思いますので、その場合はそこで止まります。 では今日もワンクリックをどうぞよろしく!→人気blogランキングへ

私の思う、言葉によるハンディキャップ

オペラは、イタリアで生まれ、それが、フランス語ドイツ語圏の国々、を通って、ロシア、はたまたアメリカにまで渡った、、という芸術文化ですので、現在上演されるオペラの殆どは、イタリア、フランス、ドイツ語で書かれたものが主流です。もちろん、最近ではそのほかの言語で書かれたオペラの上演もかなり頻繁に行われるようになってきましたが、やはりいまだに上記3国の言葉でかかれた物がオペラ界では主流です。 今回は、それらを母国語とする歌手、もしくはそれらを殆ど不自由なく使いこなせる西洋人歌手と、そうでは無い外国人歌手が、 どれほどのアドヴァンテージ、ディスアドヴァンテージがあるのか、 又何故それを克服しなくてはならないのか、 私なりの意見を書いていきたいと思います。 たとえば、イタリア語のオペラをイタリア人歌手が歌うとき――、 そのテキスト(歌詞)を正確に、聴衆に聞き取れるようはっきりと聞き取れるよう発音できる、と言うことに長けている事は、少し考えるとすぐにわかると思います。 しかし、これはある種のテクニックですから、訓練すれば、外国人歌手もかなり出来るようになります。 しかし、その言葉をある種の色、表情をもって歌う時に、 その言葉が血となり肉となっている歌手と、そうで無い歌手に違いが出てきます。 たとえば母国語の“暖かい”という単語を発する時に、Nativeだと、その言葉を発音すると同時に、自分のそれまでの“暖かさ”の記憶や、どういうことが暖かいという事なのかを自然に感じています。それは言葉と、体験や感情が一緒になっているからであり、私も自分のことを顧みると、暖かさを身体で感じ取った瞬間、心から唇を通って“暖かい、、”という言葉が思わず出てくるので、決して“寒い”というときとは、明らかに声の色も、表情も違っているはずです。 簡単な例を出しましたがこれが、寂しい、切ない、嬉しい、、という感情になってくるともっと複雑です。嬉しいと一言で言っても、落ち着いて穏やかに嬉しいのか、体が飛び跳ねるように嬉しいのか、それこそ、千差万別です。感情にはひとつとして全く同じものはなく、その違いこそが、繊細な言葉の色、台詞の色、歌の色になってくるのです。 仮に、全く同じ感情のように思えても、自分が年を取って経験を重ねているだけで既に感じ方には違いが出るはずですし、オペラの主人公たちは、それぞれの時代でそれぞれの環境の中で生きている人物ですから、それこそ、歌う側によっては、数限りない表情が生み出せるというわけです。 さらに、今繰り返し上演されているようなオペラ作品は、殆どが傑作ですから、 その中のテキストは、偉大な作曲家たちによって、的確に細やかに色づけされています。 どういうことかというと、例えば 先ほどの“嬉しい”という言葉を、それを若い無邪気な娘が、嬉しさを100%屈託なく表している場面であれば、作曲家はそのような音型を使い、表現しています。 それを歌手側は、十分に理解して、過不足なく、、つまり本当にうれしいときに発する言葉の持つ色と、表情で歌えた時には、音楽とあいまって観客には、真実の嬉しい響きとなって伝わるのです。 少し長くなりましたので、続きは又明日、、、、! またまたどうぞ、よろしくお願いいたします→人気blogランキングへ

舞台のウラでの地道なこと

きのうのNYでのオーディションも普通に無事終わり、今日は家でのんびりしています。 NYに帰ってきて3日目ですが、まだスーツケースの中に荷物が残っていたりします。 が、後1週間もすれば、今度はヨーロッパに飛ぶことになっているので、そのままにしてあるというわけです。 さてそのヨーロッパ、何のために行くかというと、 とあるイギリスの歌劇場のオーディション。 よく訊かれるのですが、こういう外国に出向いてのオーディションの時の費用の一切は 基本的に自分もちです。そしてもちろん一人で出かけます。 今回のように、たった一つの歌劇場のオーディションの為に、しかもそのオーディションで必ず仕事がもらえるようになるとは限らないと言う時には(というより、殆どの場合が仕事に結びつかず、歌って終わりというケースが多い)、先行投資であるお金やそのために使うエネルギーばかりがどんどん出て行く気がして、本当にやりきれなくなる時があります。が、フリーのオペラ歌手――特に私のようにキャリアの始まったばかりの歌手は、そういうオーディションを続けていかないと、実際仕事につながっていかないのです。 虎穴に入らずんば虎子を得ず―――とは少し言い過ぎかもしれませんが、 何も行動を起こさずしては何も起こらない、といつも自分に言い聞かせて こつこつやっています。 小さい頃からピアノをやってきた私は、 人と同じ事をしていては人と同じようにしかならないと思い、 他人が遊んでいる間、休んでいる間も、練習したり勉強したりしてきましたが、 何年か前から、厳しい音楽の世界ではそんなことは当たり前で、それだけではなくて、考え方も、発想も人と同じでは、やはり人と同じにしかならないのでは、、と思うようになって来ました。そんなわけで、高いお金を払って飛行機のチケットやホテルを取って、仕事になるかならないか判らない、又言葉も自由にならない異国の歌劇場のオーディションでも、万に一つの可能性をかけてやってきたわけです。 普通の歌手はあまりしない行動だと思いますし、何人ものアメリカ人、イタリア人歌手の友達にそんな事をするなんて、麻子はクレイジーだ、金がもったいないといわれた事も有ります。が、私は、仕事が取れるかもしれない可能性が少しでもある限り、オーディションのチャンスがあれば、行ける限り行きたいと思っています。普通の歌手がしないなら尚更です。だって私はハンディのある日本人なのですから。又多くの優秀な歌手が仕事の取れない厳しい世界なのですから。 現に、忘れる事の出来ない思い出のひとつである、2年半前のハンガリー国立歌劇場でのデビューは、そうやって自分で奮い立たせてわざわざブダペストまで出向いたオーディションで、射止めた結果でした。 そしてそのハンガリーでのデビューでの成功が、 今のオペラ界で最も活躍するテナーの一人であるラモン・ヴァルガスとの共演という素晴らしい機会を生み、又その成功が、ひいては イタリアで私の最も尊敬する歌手の一人である、マリエッラ・デヴィーアというソプラノとダブルでルチアを歌える、、という 経験に繋がって行ったのです。 全ての事は有機的につながっています。 自分が自分のために自分の頭で真剣に考え、良かれと思ってした行動というのは、 結果がどうであれ、必ず何らかのよい経験を生むと信じています。 ですので今日のこのブログを読んでいる方の中で、 何か迷ってらっしゃる方がいらしたら、 勇気を持ってその1歩を踏み出して欲しいと思います。 今日から真剣に順位を上げる努力をすることにしました。 この記事を気に入ってくださった方は、 こちらを押してください。よろしくお願いします→人気blogランキングへ

NYに戻りました

NYはやっぱり寒いですね~。でもこの寒さがNYらしくて、懐かしいのですが(笑)。 さてきのうの夜、到着したのですが、今日の昼は早速もうオーディション。。。 昔は考えられなかったようなこの強行軍も、 何年もかかって、次第に慣れてきました。 時差でぼけた身体をどのようにコントロールするか、 そのためには飛行機の中でどのように過ごすかなど、 私なりに考えて、色々と工夫もするようになりました。 到着した次の日でもそれなりにきちんとした歌が歌えるように 体調を管理する事は、歌手として仕事をしていくうえで 本当に大切な事です。 ところで、前回のブログに書いた、私を泣かせたあの言葉は、 アンソニー・ロビンズ氏のものです。アメリカでは3年ほど前からその名前を聞いていたのですが、最近日本で話題のようで、今回何人かの知人から彼の名前を聞きました。 彼の風貌と、マジソンスクエアで講演会(いつもボクシングや、バスケットの試合など行われているところです)などを開いたり、、、、というところに何となく胡散臭さを感じていたのですが、 これを機に、少し読んでみようかな、、と考えています。 ちなみに、最近読んだ本でとても面白かったものは、 パウロ・コエーリョという人の書いた”アルケミスト”という本。 イタリア滞在中に、日本人の友達に借りて日本語で読み始めたのですが、 簡潔な言葉でつづられたその本は、示唆に富む事がとても多く、 久し振りによい本を読んだという気がしました。 メモをとって読んでいた私は、殆どの部分を抜き出して書き写したい欲求にかられ、 思わずこの本は買った方がいいと判断して、今回帰国した際に購入したものです。 その他にも、ずっと読みたいと思っていた日本語の"ダヴィンチ・コード”など、 ずっと飢えていた日本語の本をたくさん手に入れ、わくわくしています。 色々と取り留めの無いことばかりを書いてしまいましたが、 次回は、又音楽の話をしたいと思います。では!

明日からNY

楽しかった今回の一時帰国も今日で終わり、 明日からまたNYに戻ります。 留学を始めた頃は、 一時帰国を終え、成田からNYに戻る飛行機に乗る度に、 ああ、、またあの闘いの街に戻るのか、、と、 どこかピリッとした戦闘体制モードに切り替わっていました。 逆に言うと、私にはそのような気持ちを持たずにNYに戻ることは 不可能で、この街で頑張り続けるためには、押し潰されない為には、 そういう緊張感がずっと必要だったのです。 いつかそんな気持ちを持たずにNYに帰る日が来るといいなあ、と 長い間思っていたものですが、気がつけば、いつの間にか 最近ではそんなこともなくなっていました。 自分ではこの変化を 喜ばしく受け止めています。 昔から、小さなことでもすぐに真剣になってしまう私は、 どんな状況にでも動ぜず、ゆったりと構えていられる人に憧れていたものでしたが、 自分もそうなりたいと願い、実際そのように変化できている手ごたえを感じることは、 嬉しいことです。 実は今回一時帰国の前は少し弱っていたのですが、 日本でお会いした色々な方々、出来事やものから、エネルギーを頂き、 また頑張ろうという気持ちで、飛べることをありがたく、 又大好きな日本という国が私にとっていつもそういう存在である事を、 嬉しく思っています。 では今日は、ふらりと立ち寄った本屋さんで、ふらりと手にした本で 思わず心をつかまれた二つの言葉で、締めくくりたいと思います。 “成功とは正しい判断の結果であり、正しい判断とは経験から生まれ、 経験とは、たいてい誤った判断から生まれるものれある。” “幸福の女神の遅れは、拒絶ではない” 思わずなぜだか涙がにじんでしまいました。 それでは、この次はまたNYからです。 日本で色々と私に元気を下さった方々、どうも有り難うございました! またすぐにお会いいたしましょう。

コンサート、その心は、、?

今日は、久しぶりの日本での本番でした。 共演者は友人のテノール櫻田亮さん、大ベテランのバリトン木村俊光さん、 そしていつも私と多くのステージを一緒にしている 新進気鋭のピアニスト江澤隆行さんというメンバーで、さまざまな歌を 歌いましたが、とても楽しく、いいコンサートが出来たと思います。 オーディションであろうが、オペラの本番であろうが、コンサートであろうが 人前で歌う時はいつもベスト尽くすことが、私のモットーですが、 今日は、メンバーが良かったせいもあり、いつも以上に楽しめました。 また観客層もいつもに比べ若々しかったので、私自身も観客側から エネルギーをもらえ、元気を頂けたように思います。 いつも思いますが、、、 歌い手の仕事と言うのは、巫女さんや、伝道師のようなものだと理解しています。 大勢の人の前に立ち、その人々の代表として、何か大いなるものの存在 (それは神であったり、宇宙であったり、時には先祖であったり、 作曲者の魂であったり、、、、) とつながって、自分の身体(=歌)を媒体として、 それらのエネルギーを観客に伝える、、、。 そういう仕事だと思うのです、歌手というものは本来。 ですので、ステージ上で自分が”無”になって、純粋な存在でいられれば より純粋な上からのエネルギーを客席に伝える事が出来、 不思議なことに、観て聴いている側には より私の”真の個性”(identity)というものが出ているらしいのです。 不思議なものだと思います、 何かを表現しよう、出そうとしている時よりも、 ”無”でいるときのほうが、真の個性が見えると言う事は。 まあ、ステージ上で”無”でいられるほどに 音楽にものすごく集中できる状態でいられるということも そうそう無い事で、とっても難しいことなのですが。 このあたりのことは、私自身も自分の身を持って まだまだ実験中です。 私はこれまで、そういう経験がたった1回だけ有りました。 そのことは、又いつかゆっくり書きたいと思っていますが、 その時は、何か大いなるものに 勝手に歌わされているような感じで、自分がステージで歌っているにも拘らず、 一体誰が歌っているのだろう?と歌っている間ずっと不思議な感覚でした。 そして歌い終わると、観客席からは怒号のような歓声が聞こえ、 ああ、、よく歌えたのだな、、とぼーっと思っていたことを覚えています。 この体験から思ったことは、 結果として自分がそういう状態の時には、 その場(ホール)にいる聴衆と魂と魂で会話するような、 またそうとは努力せずとも、深いレベルでエネルギー交換するような形となり、 そういう時に聴衆は、感動した、と言うことになると思うのです。 とはいえ、先ほども書いたようになかなかそういう体験をすることは稀で、 この先私も、それほどの演奏を果たしてどれくらい経験できるのかわかりませんが、 そういう時こそがきっと、”歴史に残るような名演”になるのだと思います。 また、 そういった、”人間冥利に尽きる”ような ”生きていて良かった級”の体験と言うのは とても強烈で素晴らしいので、そのたった数回の“超”快感が忘れられず、 今でもステージに立ち続けているのかもしれないと思ったりすることもあります。 何はともあれ、このようにエネルギーとエネルギーを交換し合う、 生のパフォーマンス形態は、 どんなに世の中が進んでも廃れることは絶対ないと 確信しています。なぜなら、それは、、、 人と人とのコミュニケーションの基本だからです。 どんなにテレビ電話が普及しても、 やはり大切な人とは実際に会って話したいと思うのと同じように、、、、。 本番後の余韻の中でついたくさん書いてしまいましたが、 私の演奏家としての、大切な部分に関わる事ですので、 またいつか日を改めてゆっくりと書きたいと思っています。 ではおやすみなさいませ。

持つべきものは友

こんにちは。東京も ここ何日間かでようやく秋らしくなってきたようですね。 ここ何日間かで、いろいろな人にお会いし、用事をさくさくこなしてきましたが 昨日は、友人歌手の知り合いである、古楽研究家の方(日本人男性)に 特別レクチャーと称して、ヘンデル作曲のメサイア(救世主ーキリストの事です) の講義をお願いしました。 私と、その友人歌手(私と同じソプラノです)のために、 彼は超多忙の中、 色々資料を用意してくれ、とても素晴らしいレクチャーをしてくれました。 ありがとう!!!! 彼の一番の研究対象はバッハだと言うことなのですが、 勿論このヘンデルのメサイア についても、驚くほど色々なことを教えていただき、 歌うときにいつも疑問に感じていたある言葉の語源や、 本当の意味、又同時代のバイブルの認識からくる、その時代の考えなど とても細かく説明していただき、心から感動しました。 芝居も歌同様大好きな私は、どうしてもオペラの舞台に立ちたくて 普段はオペラのキャリアを築くことに専念していますが、 当然こういった宗教音楽の分野のものを、歌うこともあります。 しかし、道を極めようとすればするほどオペラと、宗教曲を両方 レパートリーにすると言うような両立は難しく感じます。 ので、やはりどちらもきちんと歌いたいと思えば、勉強は欠かせません。 ちなみに、 ヘンデルのメサイアはアメリカでも大変ポピュラーで 現に私も、このクリスマスにLAで(ロス)で、 メサイアの中から何曲かを歌うことになっています。 ともかく、彼の博識のお陰で、よりメサイアへの理解が深まり 私も友人(彼女ももうすぐメサイアの本番があるようです)も 又それぞれに新たな解釈が生み出せ、表現の幅が広がりそうです。 早速いい練習が出来そうな気がします! それではその報告は又いつかいたしますね。

祖母とキーボード

今日、京都から東京に戻ってきました。 なぜ京都にいたかというと、祖母に会うためと、 祖母のために、私が使わなくなったキーボードをNYから運ぶためでした。 82歳の祖母は、孫の私が言うのもなんですがとても可愛い人で、 とても若々しく見えるだけでなく、果敢に現代機器にチャレンジする 気持ちも若い人です。何しろ白髪が殆どなく髪の毛は真っ黒でふさふさしており、 ぴんと背筋を伸ばして、早足で町を颯爽と歩く姿にはとても励まされます。 メイクを落とすときに必ず顔のマッサージをして、 最近シワが増えてやだなあ、、、と鏡をのぞきながら、 “大奥”のビデオの予約を自分で行い、 携帯から絵文字つきのメールを私に送ってくる祖母は 今回は、何とキーボードにチャレンジです。 どうしても、楽器を奏でる喜び、楽しさを知ってほしくて、 いくら使わなくなったとはいえ、キーボードをNYから運んでくる私も私ですが、 音楽の勉強など全くしたことのない、楽譜も読めないのに これから、キーボードを始めようという祖母も祖母です。 とりあえず、今回は祖母も知っている歌、簡単な歌の旋律を 五線紙の楽譜ではなく、 ドレミとリズムだけを簡単に書いた物に作り変え、 それを見ながら、なんとか旋律をたたけるように残してきました。 さて今度の帰京の際に、祖母がどこまで弾けるようになっているかが とても楽しみです。

美味しい日本

日本に戻ってまいりました。暖かく、そして美味しくて、幸せです。 帰ってきてから色んなものを食しましたが、どれもこれも美味しくて つい食べ過ぎてしまいます。有名な京都の老舗の天ぷら屋さんにも行きましたが、 目の前で一つ一つ揚げたてを並べて下さり、こういった細やかな配慮こそが 日本の食文化の基本であり、同時に強みでもあると、再発見いたしました。 私は日本以外の国で、揚げたてをそのつど、自分のお皿に次々と並べてもらえるような形態の料理を、食べた、見た、記憶がありません。これは、日本ならではの美しい部分ではないかと、密かに考えていますが、もし他の国の料理で、経験された方がいらしたら、ぜひ教えていただければと思っています。 それから、日本のテレビも久し振りに見ました、、、。 ドキュメント、取材ものなどは文句なく面白いと思うのですが、ドラマを見たときに、かなり違和感を感じました。なぜなら、俳優、女優さんにももちろんよるのですが、概して説明的な演技が多すぎるように感じるのです。例えをいうと、あるドラマのなかで、あるキャラクターが別のキャラクターの台詞にたいして驚くシーン、、、ここでは何も、テレビの前の視聴者に対して、(驚いたよ!私!)と表現して驚いた事を説明する必要はまったくなく、本当に心の中で、驚けば良いだけの事だと思うのです。舞台ではなく、テレビならカメラがアップで表情を捉えてくれるので、尚更そうではないでしょうか。 これを見ながら、私がある高名なドイツ人のマエストロ(指揮者)に、「僕はこれまで何人ものアジア人歌手が、歌うときに大げさに手振り、身ぶりをつけて何かを”表現“しようとしているのを見てきた。これらは必要の無いことだ。」といわれた事を思い出しました。 実は、このことこそ、私がこの間から書きたいと思っていた、アジア人のハンディキャップと、大きく関わっているのです。では、この続きは、又今度、、、、!

のどによい飲み物

きのうは、本当のハロウィーン。子供たちが、ねずみになったり、冠をつけたちいちゃなプリンセスになって、その内もらうお菓子でいっぱいになる筈の、かぼちゃのおばけのプラスティックのバケツを持ってそぞろ歩きする様子は、とても微笑ましいものでした。 さて、そんな中わたしは、しょうがを買いに走り、風邪をひきそうな時にいつも飲むスープを作りました。これを飲むと、元気にもなるし、体がぽかぽかして、何よりも飲んだ後練習をすると、とても潤いのあるいい声が出ます。(私の場合はですが) コンサートやオペラなどで、同僚の歌手たちとよく、ステージに出る前にこれを飲んだり食べたりすると良いとか良くないという話をしますが、本当に千差万別だなと感じます。 でも、私の印象では、やはり人間は、小さい時から生まれ育った味が、心にも体にも一番良いようで、その人のほっとできる味、というのが、かなりのどにも関係するように思います。ちなみに、わたしはステージの2時間くらい前に、お米かパスタを食べ、本番の時には、バナナを食べたり、普通の冷たすぎないガスの入っていないミネラルウォーターを飲みます。しかし、歌手の中にはガスが入っていても平気、というかガス入りの方が気持ちも高揚するしエネルギーが湧いて来るんだ!と言う人もいました。彼はイタリア人でしたが、きっと小さい時から、ガス入りの水を普通に飲んでいて、歌っている時にげっぷが出てしまう心配などもこれっぽっちも無いのでしょう。ロシア人の友人ソプラノに至っては、歌う少し前に、コーラの大瓶を2本をがぶ飲みしていましたし。やはり彼女も、これが無いとエネルギーが湧かないのよ、とのことでしたが。 ところで、後何時間か後に日本に発ちます、1週間強の一時帰国です。 思いっきり秋の味覚、紅葉を楽しむ予定です! でも、日本で書き続ける予定でおりますので、、 では、また明日!
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