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新・田村麻子のオペラな人生 オペラ、コンサートの舞台

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「生きる2013」コンサート

皆様こんにちは。
夏だから当たり前ですが、暑いですね。。。

7月2週目に熱くて蒸発しそうなNYから、
これまた熱くて溶けそうな東京に戻り、
7月18日に、森山良子さんよりお誘いいただいた
「生きる2013」コンサートにて歌ってきました。

本番前の数回のリハーサルでも既に楽しかったのですが、
本番では、
なんといってもナビゲーターの森山良子さんの人間的な暖かさが、
今回のこのコンサート全体を包み、
来て下さった方々全員、出演者全員が
心から楽しみ音楽の素晴らしさに感謝したようなコンサートとなったと思います。

本番の、良子さんと一緒にオペラ"ラクメ”の二重唱、
共演のテノール、ジョン健ヌッツォさんとの二重唱、を歌いましたが
やはりアンサンブルはいつも楽しく、
そしてソロは、鈴木織枝マエストロ率いる東京フィルさんと
思いっきり楽しませていただきました。

後半二部では、美智子皇后も観客席にいらしたのですが、
コンサート終演後にご接見できる機会のあった時に、
ずいぶん楽しまれたとお話されました。

又私には、"普段は海外にいらっしゃるのですか?
まあ、でも日本のもっともっと帰ってきて日本の皆様を
幸せにして差し上げてくださいね”と、
ありがたいお言葉を頂戴しました。

日本の皆様を、、、、
歌でお幸せに差し上げることが出来れば、
私もこれほど嬉しいことはありません!

今回のコンサートは、ひとえに良子さんに誘っていただいたからこそ、
実現したものです。
お世話になりましたスタッフの皆様、
来て下さった方々、
本当に有難うございました!!!

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5月22日 カーネギー大ホールでの第9

皆様、ご無沙汰しております。お変わりありませんか。

私は、先月の日本滞在からNYに戻ってきてすぐに、所用でLas Vegasへ
行っていたのですが、
5月半ばにNYに帰ってきてからは、ようやく年末ごろから続いていた
Non-stop workingから少し開放され、のんびりしています。

さて、この水曜日5月22日には、
ベートーヴェンの第9交響曲のソプラノソロを、
カーネギー大ホールにて歌ってきました。

2010年のジョン・ラッター指揮"Beethovenハ長調ミサ”にて
ソプラノソロを歌ったのが、私のカーネギー大ホールデビューだったのですが、
その時の、喜び興奮は、やはり今回も全く変わらず、
やはりカーネギーはそのナを世界に轟かす名ホールだと再実感。
いったい、何がそんなに素晴らしく、
その名を有名にしているか、には諸説紛々あるでしょうが、
一つには、まずその稀有なアコースティクス、
そして、それらも含めたホールの設計にあると
今回思いました。

自分の声が柔らかく空間に充満するのが感じられ、
天井から、降り注いで戻ってくるかのような跳ね返しは、
筆舌に尽くし難い快感があります。
又、わたしは、
ホールの観客席から1階席に入った瞬間にいつも、ふわーーっと感じる
ちょうど教会に入った時に感じるような、厳かな恍惚感のようなものを感じ、
その大きさはまるで私達を包み込みこむかのようなものなのですが、
実は、舞台側から見ると、
そんなに大きなホールには見えず、威圧感もありません。
今回、これは演奏する側の心理にとっても、非常に大事なことだと気づきました。

というのも、今回この舞台で演奏したのは私達プロのソリスト、
オーケストラだけではなかったからです。

日本からこの演奏会のためにはるばるいらした、
身体障害者の方々の合唱団”ゆきわりそう”が母体の
総勢140名のアマチュア合唱団の方々は、
当地ニューヨークの合唱のボランティアの方達と共に
計200人ほどのコーラスとなって、
実に誇らしげに、目をきらきらさせて、舞台に乗ってらっしゃいました。

本番の第9の演奏が終わった瞬間、
まるで椅子からジャンプするかのように、オーケストラ席、会場をぐるりと囲むバルコニー席、
一番トップの3階席の聴衆までもが、みな弾かれたように席をたち
嵐のように熱狂的なStanding Ovationが沸き起こったのも、
彼らの発散するエネルギーに導かれての事だったと思います。

いつかNYのカーネギーの舞台で、
ベートーヴェンの第9を歌いたい、という夢を糧に
一人ひとりがお金を出し合って、
日本から参加した方々の存在、エネルギー、
に呼応し、
NY現地のコンサートプロデューサーとして私の友人が、かれこれ3年前から
身を粉にして、がんばって働いてきたのを、間近で見てきました。

彼女から、音楽の事は何も分からないから、
音楽面、それに付随するさまざまな事で、色々と助けてもらえないだろうか、
と相談をうけた時には、
正直、色々なアドヴァイスは出来ても、
音楽的な部分でのコーディネーターまで、
果たして時間的に出来るだろうかと、少し疑問でした。

しかし彼女の情熱、そしてその彼女を動かした日本のゆきわりそうの方々の熱意、
が私にも感染したのか、いつしか、私も
ソプラノソロとしてだけではなく、一裏方としても、
色々な事を、多くではないにしても、手伝うようになっていました。

ここ昨今、自分の一番大切な本業、つまりプロの声楽家として、
本番に一番良いPerformanceをすること、
という目的を遂行するための練習、本番に向けての体調管理、
そしてそれに付随する細々したことを行うだけで忙しく
通常は、裏方を行うことは、ほとんどありません。
しかし、
そんな私をも動かす力が、このコンサートにはあり、
それは決して私だけではなく、コンサートに携わった方々みんなも
同じだったのではないかと思います。
それだけに、
本番のStanding Ovationは、舞台にたっていたもの、
裏で働いていたもの、そして観客席にいたもの一人ひとりの
熱い思いの結集だったように感じました。

というわけで、
普通のコンサート、とは色々な意味で一線を画した
特別なイベントでした。
そして、
関われて本当に幸せでした。

コンサート前に紹介された友人のブログ
障害者の合唱団がNYで「歓喜の歌」を歌う、奇跡の第九コンサート!

チラシ
No9 2013

当日の模様
carnegie no9
carnegie no9 2

そして、NHKで放映されたニュースです。
NYカーネギーホールで障害ある人たちがコンサート

コンサートというものは、一期一会で、
どんな歴史的名演に出会えるかは、
ある程度予測はついても、確実にわかるものではありません。
お金を多く積んで、著名な演奏家のコンサートに行っても、
感動もしないときは勿論ありますし、
その逆も当然然り。

私は、目に見えないものこそが、結局いつも自分にとっては一番貴く、大切なもので、
それを目に見える形にしたり、それを得るために
お金は使うものだと思っていますが、
今回は、
そのお金すらかからない、フリーチケット!
今回、このコンサートにいらした方は、
かなりラッキーだと思いました。 笑

又良い思い出が増えました。
関わった全ての皆様、
ほんとうにお疲れ様でした。。。。!!


兵庫芸術文化センター、カルミナ・ブラーナ

こんにちは。


私は、前回ご紹介したとおり、1月半ば過ぎから3月末までフロリダ州のサラソタに滞在して、
オペラ「真珠とり」の公演のレイラ役を歌っていましたが、
9公演ともようやく無事に終わり、3月の末にNYの自宅に戻りました。

ほぼ2ヶ月にわたるサラソタ滞在は、
プリマドンナ業と母親業の両立に終始しましたが、
無事どちらもやりきれたという達成感、安堵感でほっとしています。
娘もたまにリハーサルに連れて行くことがありましたが、
刺激的な舞台を見たり、オーケストラの響きに触れたりというのは、
なかなか楽しかったようで、じっと集中していた楽しんでいた様子が忘れられません。
また、私自身も、
舞台経験が楽しく、素晴らしかった事は勿論ですが、
公演のあと、衣装をとって、かつらもとって、素に戻り、
これから家に帰って子供に会える、、!と、公演が終わってからも
なお嬉しい、と言う喜びを感じられたことも
新鮮な発見でした。
今後数年は、こういう形での仕事が続きそうですが、
何とか、がんばって行きたいと思います。

さて、4月に入ってすぐに、日本に移動してきました。
というのも、この週末、オラトリオ[カルミナブラーナ」の本番が神戸であったからでした。

オルフ作曲「カルミナ・ブラーナ」のソプラノソロは、ほんの少ししか
歌う場所がなく、合唱が主に歌の主人公となっています。
合唱は、時に人間の代弁者であり、この世の真理を謳うナレーターであったり、
男性合唱は、男性代表、女声合唱は女性代表、、、と
さまざまな役を担っており、テクニックもさまざまなものが要求される
大変やりがいのあるパートです。
そして、バリトンソロは、その合唱の長にたつ男性代表としてソロの中では、
歌う機会が最も多く、やはり遣り甲斐のあるものです。
それに反して、上記したとおりソプラノソロは出番があまりないのですが、
それでも、男性に呼応した女性”性”の化身のような歌が多く、
これを歌うときは、いつもアダムとイブのイブの役の気分になります。
マエストロもいつもどおりエネルギッシュで、オーケストラもそれに
インスパイアされるかのような音をほとばりだし、
私も、舞台の上の一員として、
毎回目の覚めるような演奏を楽しませて頂いています。

声を使っての表現は、本当にさまざまですが、
こうしてオーケストラと合唱、他のソリストと一緒になってのオラトリオは
又それはそれで魅力があり、フロリダでのオペラのヒロインの後
又様式や、求められるものも全然違うものを歌わせていただくことが出来、
本当に、歌手として幸せに感じます。

それにしても、
桜が満開のこの時期に日本に帰ってこられてラッキーでした!
お天気は、あいにくですが、
出来るだけ沢山の桜を楽しめたらな、、、と思っています。

それではまた!!!




サラソタオペラでの"Pearl Fishers(真珠とり)"

こんにちは。

1月の半ば過ぎからフロリダのサラソタに滞在して、
サラソタオペラで公演される“Pearl Fishers(真珠とり)"の稽古に
従事していましたが、
2月16日に初日を迎え、早くも今晩、3回目の公演を終えてきました。

サラソタオペラカンパニーで主役を歌うのは
今シーズンで3回目。1度目は2006年のヴェルディの"I Masnadieri(群盗)"のアマーリア、
(これについては、2006年の1-3月のブログで相当細かく、日を追って稽古や舞台の様子を書いていました。
http://asakotamura.blog6.fc2.com/blog-date-200602.html

2回目は、前シーズン2011年秋の、"Madame Butterfly(マダムバタフライ)"の蝶々さん、そして
3度目は今回のレイラです。

2006年に初めてこの劇場で「群盗」の7回公演のランをした時は、
今から思うと、まだまだ子供で未熟でしたが、それでも多くの素晴らしい批評をいただけて
本当に有難い限りだったと思います。

その時から今までの約7年間をふと今振り返ってみると、
自分でも本当にあきれるくらい
色々な事に挑戦して、時間を惜しんで、実に沢山のことをやってきたなあ、、、と
思います。

そして、そういう大小様々、悲喜こもごもの経験が全て
私の舞台での演奏、演技、そして舞台にかける心情となっている事は勿論疑いもなく、
今夜も本番前にふと、
7年前のVerdiのアマーリア、2年前に娘がおなかにいる状態ででの着物の蝶々さん、
そして今日のスリランカ人のレイラ役、と3回とも同じ楽屋で衣装をつけ、メイクをしてもらっているというのに、
その同じ空間の中で感じている事や、自分の気持ちは、まあ何て違っているのだろうと、
感慨深く思っていたところでした。

オペラ“カルメン”の成功により、その名をよく知られているフランスの作曲家ビゼーは、
カルメンよりも10年以上前の20代前半に、この"真珠とり”を彼の処女作として世に出しているだけで、
残念ながら30台半ばにして、その人生を終えています。

今回この真珠とりは、私にとって初役でしたので
昨年秋ごろより時間を見つけてぼちぼち練習していたのですが、
そのたびに、まあ何と美しいメロディーのあふれる作品、、、それに引き換えなんて無理の多いストーリー、、
などと思っていたのですが、
初日を向かえ本番を重ねていく中、周りの人もやはり同じように感じるらしく、
新聞批評でも、舞台をみた関係者、知人友人も異口同音に全く同じように言うのがおかしいくらいです。

しかし、何はともあれ、
私がいつもオペラに携わっている時に感じる有難い気持ちーーー
他人の人生を、舞台の上で歌い演じながら表現し、生きる事が出来る、、、
という、日常的には滅多に味わえない喜びを与えてもらえる事に
深く感謝しながら、この貴重な時間を過ごさせてもらっています。

以下は、今回の公演の様子をご紹介するための写真です。
Pearl+Fishers+2013_convert_20130222203056.png
こちらは、ヘラルドトリビューン紙に載ったサラソタオペラ今シーズンのポスター。
舞台の色の美しさが際立って、自分でも気に入っています。




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こちらは、真珠とりの主役3人と、マエストロと。言わずもがな、、、ですが
スリランカ人の役である私たちは、3人とも肌の色を浅黒く塗られています。。。でも私が一番黒い!!



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これは、公演2日目をたまたま観に来ていた、かの大スター、サミュエル・レイミー氏が
公演後にサプライズで私の楽屋を訪れてくださったときに撮ったもの。
楽屋をノックされて"面会人が来ていますよ、サミュエルレイミーさんです。”といわれた時には
一体何の冗談かと思ってドアを開けたのですが、何と本当に本人が、しかも満面の笑みをたたえて
立ってらして、本当に驚きました。"素晴らしいレイラでしたよ”と、ほほにキスを頂いた時の感激は、
その驚きと共に、今度もずっと嬉しい思い出になると思います。



では、また近いうちにご報告できる事を祈って、、、!!

ベートーヴェン「ミサ・ソレムニス」

皆様、ご無沙汰しております。お変わりありませんか?

ちょうど長かった日本滞在を終えてニューヨークに戻ってきてから
1ヶ月たちました。いつもの事ながら、時間が過ぎるのは本当にあっという間で
特に、子供が生まれてからは、
自分のことは二の次、という状態が慢性的に続いているため、
なかなか色々なことが思うように運びません。かといって
それが嫌なわけでもなく、子供が本当に親の手を24時間必要とするのも
ほんの僅かの間の事だと思いますので
何とか、自分の仕事、勉強、家事、育児を良いバランスで
うまくやりたいと思っています。

さて日本を発つ前に、京都で
ベートーヴェンのミサ・ソレムニスを歌いました。
耳の聞こえなかったベートーヴェンの声楽は
非常に器楽的に書かれており、本当に歌いづらいものだという事は
声楽家の間では、つとに有名なのですが、
今回、ソプラノソロを歌う事で、またしてもそれを実感しました。

全体を見ると、和声的にも構成としても
美しいし、面白いし、やはりマスターピースだと思うのですが、
こう歌いにくいと、第9の時同様、Beethovenは歌手に対して
あまり愛情というか関心を持っていなかったのでは、、、などと
思ってしまいます。

しかしながら、今回の演奏は指揮者、歌手、オーケストラ、合唱が
うまく融合した良いものになったのでは、、、と思います。
少なくとも私はそう感じました。
普通、ソリストと合唱団の間にオーケストラが挟まる形の公演だと
なかなか合唱とソリストとの一体感が持ちづらいものですが、
今回は京都コンサートホールの響きに助けられ
それほど難を感じなかった気もします。

同じ舞台上の歌でも、
オペラの公演である役を歌い演じる時と、
ソリストとピアノ伴奏という形での、コンサート、
ソリストとオーケストラという形でのコンサート、
また小さい編成のチェンバーオーケストラとのコンサート、
などなどそれぞれ、立場も違えば、求められる役目も変わってくるため、
自然にと、又意識してテクニックや声が変わってきます。

今回はまず大きなピースのなかでの1ソリストという立場であり、
合唱の代表者、代弁者であるソリストとして
4声の中でのアンサンブルの美しさを心がけました。
特に、Benedictusはシンプルながら無駄のない美しい織物のような
音楽でしたので、
ひたすら1色だけ飛び出さないように、、、とだけ考えて歌っていました。

それは、上記した様にリサイタリストとして歌った時と
オペラの役柄として歌っている時とは
声や歌だけでなく、メンタリティも全く違うもので
今回久しぶりにミサを歌う事で、又その心地よい緊張感を
味わいました。

合唱とオーケストラと共に歌うのは1ヶ月先のクリスマスコンサートで、
LAシンフォニーと共に、メサイア、グノーのチェチーリア・ミサ、
ですが、またこのたまらない緊張感を感じられたらと、今から
期待しています。

それでは!!
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asako tamura

Author:asako tamura
こんにちは。
ソプラノ田村麻子のブログへようこそ!!
またプロフィール、スケジュールなどの詳細は、
私の公式ホームページをぜひご覧ください→
www.asakotamura.com
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