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新・田村麻子のオペラな人生 思い出

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弟の結婚式

こんにちは。

さてこの1週間も色々な事がありましたが、
私にとってもっとも心に残っているのは、
弟の結婚式です。

ポール・ボキューズというフレンチの最高峰と言っても差し支えないであろう
料理長の提供する味が楽しめる
Maison Paul Bocuse(メゾンポールボキューズ)で
式も披露宴も行われましたが、
私にとって、これまで出席した中で最高の結婚式でした。。。!
と言っても、身内の結婚式だから
当たり前かもしれませんね(笑)

式では、まさか泣くとは思っていなかったこの私が
弟とお嫁さんの、二人の姿がバージンロードに現れた瞬間から号泣。
式の間中、涙が止まらず、我ながらびっくりしました(照)

そして、ものすごく楽しみにしていた披露宴での料理は、
やはり、並々ならず美味しく、
披露宴の最後には、3曲歌う事になっていた為、
満腹になってしまうわけにも行かず、
食べないで、後にとっておいて頂くのは、かなり辛かったです。

。。。ということで、
少し皆様にも、当日のメニューをこちらに。そして短いコメントを
下につけました。



●アミューズ ブーシュ
(この日は生サーモンのタルタル風のものでした)

●1975年にエリゼ宮にてV.G.E.に捧げたトリュフのスープ
(このスープは、彼の十八番だけあって、さすがに美味しかった!
上品かつ深い味わいの中に、フォアグラ、トリュフ、牛の頬の肉が
贅沢に混在していて、今までに食べた事のない味わいでした)

●イトヨリのポワレ ジャガイモのクルスティヤンをウロコに見立てて
(こちらの、ウロコに見立てたジャガイモがなんとも言えず、美味しかった!)

●鴨胸肉のロースト ジャガイモのドフィネ風 薫り高い赤ワインソース
(この後からは、満腹を恐れて、歌い終わった後に冷たいものを食べたので、
なんとも言えないのですが、冷たくてもとても美味しかったです!)

●ボジョレーの畑から届くグラニテ
(この日は、グレープフルーツのシャーベット)

●至福のウエディングケーキ
(こちらも甘さ控えめで美味しかったーー)

そして、コーヒー、小菓子


。。。こうして書いていると
又おなかが空いてきて、又食べたくなってしまいそうです。

ダイニングには、
ティファニーのステンドグラスや
部屋中央のシャンデリヤが美しく、(そしてまた音響も結構良く)
素敵な空間でしたので、もしご興味のある方は、
こちらをご覧になると良いかと思います。
http://www.paulbocuse.jp/maison/


ところで、肝心の写真ですが、
こちらは、近日中にUPいたしますね。

弟も、お嫁さんも
当日は光り輝いていて、本当に思い出に残る良い式だったと思います。
お二人とも、末永く、お幸せに!!!!!


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ごねたモン勝ち

こんにちは! 例年になく暖冬だったNYもやっといつもどおり寒くなってきて 昨日の外出時にはマイナス5Cでした。。。。 ちょっと寒いですけど、 でもやっぱり冬は寒くなくてはね! さて実は今日の夕方から父がNYに遊びに来ます。 私が1998年に渡米してから実に初めてのことで、 父にとってもこれが、初NY。 何十年も仕事一筋の会社人間だった父は、 これまでいくら誘っても来た事がなかったのですが、 先月12月に長かった会社を完全退職して、 いよいよ第2の人生が始まりました。 さしずめ、今回は、 その門出の旅といったところでしょうか。 私も、数日間父をダシに 色々観光できることを嬉しく思っています。 ところで、その父から先程 成田で2時間飛行機が遅れたので到着が遅れると 連絡が張入りました。 また。。。?とすっかり遅延になれっこになっている私は思いつつも、 この後乗り換え便があったり、 大事な契約に関わる仕事のアポがあったりするのではなくて よかったなあ、、、と、 過去のいやな出来事などを思い出し とりあえず胸をなでおろします。 飛行機が遅れて何が一番厄介かというと、 上記のとおり、接続便に乗れず 予想外の出費をしたり、 その後のスケジュールがめちゃくちゃになってしまうことです。 これまで色々な国で飛行機遅延で痛い目にあっている私が これまでで、一番困ったことは、 もう何年も前の話になりますが、 ぎりぎりのスケジュールで、予定を組んでいたコンサートのときでした。 NYでのコンサートの翌日、すぐに日本へ発つ筈だった私の飛行機が 何時間も遅れてしまい、成田到着後すぐ乗り換えるはずの 国内便に間に合わなくなり、その結果 リハーサルに出られないことになってしまいました。 大勢の人が文句を言うカウンターでは、 地上職員の人たちも、かなりタフな態度で、 応対している様子。 でも、文句を言わないと何も始まらないこの国ですから、 私もなんとか、早い便があればそれに変更してもらおうと 闘争モードへ。 「すみません、遅れるということですが、この3時間というのは、 これ以上のびないでしょうね!?」 「さあ、わかりません。 一応3時間と情報は入ってきていますが、 遅れることもあるかもしれません」 「私は、オペラ歌手で明後日、日本でコンサートがあるので どうしても、遅れるわけにいかないのです。 今から、一番早い便に乗れるよう取り計らってもらえませんか」 「。。。。。。あなたのチケットは 他社の便にうつせない種類のものですから この便を待っていただくしかありません。」 「お金をいくらか払っても無理ですか? どうしても今日中に日本につかなければ、 コンサートで歌えなくなるんですよ! 何千人もの聴衆が私を待っているんです!!!」 (多少ドラマティックに) 「、、、、、午後一番に出発の便が 別の空港からですが出ています。 変更可能かきいてみましょう。。。」 このときには改めて、この国では、 ごねてみる、粘ってみるものだとつくづく思いましたが しかし、その言い争いは本当に疲れました。 結果として、 その時にいた、ニューアーク空港からJFK空港へ大移動し なんとか、変更してもらった便に乗りこみ、 日本にも何とかその夜に到着、 その後は、乗り換えの飛行機ではなく、 夜行列車で目的地に向かって 次の日のコンサートにはぎりぎり間に合いました。 しかし無理したせいか、やはりその後風邪をひいてしまった覚えがあります。 このとき以来、ぎりぎりのスケジュールはなるべく避けるようになりましたが、 それでも、どうしてもキチキチになってしまうときというのはあり、 そういう時には、 そのスケジュールをたてた時点で、 飛行機が遅れた最悪の場合というのを、 常に考えるようになりました。 それに引き換え、、、、 遊びの旅行、何も責任の伴わない旅行とは 何と、楽なものでしょうか! 父もきっと仕事を離れて、 そのようなことを感じているかもしれないな。。と思いつつ、 これからの父の第2の人生の始まりを祝って、 私も数日間大いに楽しもうと思っています。 それではー、皆様も風邪にはお気をつけください。 人気blogランキングへ

地蔵盆

こんにちは。 今いるヴェローナは、夜とても寒くなってきました。 アレーナのオペラも、昨日で終わり、 これからは、蟻のようにうじゃうじゃいた夏の観光客も 減っていくのでしょう。 夏は、終わるんだな、、、、という毎年感じる 少し寂しいような気分もありますが、 私は、春生まれでありながら、秋が一番好きなので、 どこか、うきうきするような気分もありますが。 さて、夏の終わりといえば思い出すのは、 子供の頃、毎年楽しみにしていた 「地蔵盆」 私は、中学生まで京都で過ごしましたが、 地蔵盆とは、関西特有の行事であることを、 京都を離れるまで知りませんでした。 ウィキペディアによると、 地蔵菩薩の縁日である8月24日に向け、 その前日の宵縁日を中心とした3日間の期間を指し、 又そのうちの日を選んで行われる地蔵菩薩の祭のことで、 京都を中心に関西に残る子供のための祭り。 となっています。 1年に1回のこのお祭り、私は毎年ものすごく楽しみしていたのは、 たくさんお菓子の詰まった袋がもらえるからということの他に、 1.のど自慢大会があるから 2.盆踊り大会があるから ということでした。 毎年毎年、大勢の人の前で、好きな得意な歌を歌って、 拍手をもらうのは、子供ながらにとても快感で、 目の前の町内の人たちが ニコニコと笑顔で拍手喝采してくれることが何より嬉しく、 自分で作った曲を歌ってみたり、 友達とデュエットしてはもってみたり、 知らない近所の人にリクエストされたものを歌ったり、 お祭りの間中、何度も出演しては、 ちょっとした町内の名物になったものでした。 また、お祭りの最後には、やぐらがたてられ、 大勢で盆踊りをするのですが、 私は、この盆踊りも大好きで、 (何でも踊りと名がつくのは好きなのです) 盆踊りをしながら、ああ一晩中こうして踊っていたいわ、、、と 何度も思ったものです。(笑) はははは。。。 ということで今思うと、 私はかなり滑稽で、おかしな子供だったと思います。 何度も母に、あなたみたいな変わってる子、 どれだけ育てるのが大変だったかといわれますが、 さもありなんと思います。 この場を借りて、お礼を述べたいと思います。 それでは、また! 人気blogランキングへ

ザルツブルク思い出話 ラスト

悲喜こもごもだったモーツァルテウム音楽院での3週間のコースは あっという間に終わり、ありがたいことにコースの終わりに 開かれるコンサートの出演者として選ばれ、 「夢遊病の女」のアリアを歌って、 コースは終了しました。 私にとって、 何が一番勉強になったかと言うと、 バンブリー女史に直接教わったことというよりは、 さまざまな国から集まってきた人たちの歌を聞き、 一口に歌を歌うといっても、 実にさまざまなアプローチの仕方があるのだ と、知ったことでした。 国によって文化が違い、表現方法が違っても、 万人の心の琴線に触れると言う歌、瞬間というものはあるもので、 それが分かったことは、 私にとって、大きなことでした。 と言うことで、 コース期間は、毎日たくさん歌い、勉強し、 そしてその傍らに、観光をする、、というような 有意義な時間を過ごしました。 しかし一方で、 ザルツブルクにいる間中、 なんともいえない寂しさがずっとつきまとっており、 これが俗に言うホームシックと言うものだと気づき、 自分がこのようにひどいホームシックにかかってしまう人間だと知ったのは、 われながらとても驚く事実でした。 といっても、私の場合は、 自分の家や、家族が恋しいと言うよりは、 自分の慣れ親しんだもの、日本食、日本語、日本の友達、 日本のもの全てが恋しいと言うような感情で、 それは、たった3週間だから、 また音大から一緒に来たグループの友達がいたから まだ良かったようなものの、 今後、長期にわたって一人で海外留学をし、 おまけに歌手として働いていくとなると 果たして自分は耐えられるのだろうかと、 ザルツにいる間に感じるようになりました。 そんなわけで、 音大を卒業したら、大学院にすすむか、 すぐに留学を始めるか、、、、と迷っていた私は、 その夏のザルツブルク体験をもって、 自分の器の小ささ、人としての幼さ、未熟さ、 そしてまた 今後どれだけたくさん勉強しなくてはならないか、 を思い知り、 もう少し日本で修行(?)をして強くなってから、 留学を始めようと、思うに至りました。 そして月日は流れ、それから4年後に、 私はようやく、本格的に 念願の留学を始めることになったのでした。 その4年間のあいだ、 どのように色々修行したのかは、 又別の機会に預けたいと思います。 以上、遠い日のザルツブルクの思い出話でした。 長い話につきあってくださって、ありがとうございました。 人気blogランキングへ

ザルツブルク思い出話 4

こんにちは。 このザルツブルク思い出話が、予想外に好評で もっと話が聞きたいという要望を多く頂いた為、 実は、今回で終わりにしようと思っていたのを変更して、 もう少し、続ける事にします。 当時、毎日長々とつけていた日記が実家にあるので、 それを読み返せば、色々ともっと詳しく書けると思うのですが、 ご存知のとおり、ただ今イタリアにおりますので、 あまり詳しく思い出せないところがある事が少し残念です。。。 さて、初日の声聴かせオーディションでの醜態は、 前回お話しましたが、その後の私の落ち込みようはひどく、 絶対に、もうクラスを受講できず、聴講生になるんだ、、、 と思い込み、その晩のご飯ものどを通らず、 一人宿に帰って、 うじうじしながら日記をつけたと思います。 しかし、翌日の朝、指定された場所に今後のクラススケジュールを見に行くと、 なんとなんと、私の名前は、ちゃんと受講できる人の中にあり、 しかも、バンブリー女史が受講生一人一人に 今回勉強すべき課題のレパートリーを、書いてくれていました。 私は、 「夢遊病の女」からの”ああ、私は信じられない”というアリアと、 「リゴレット」からの、”慕わしい人の名前は”というアリア2曲を与えられており、 彼女が、私の声にぴったりの曲を選んでくれた事、 しかも2曲とも、きちんと勉強したいと思っていた曲だった事が非常に嬉しく、 あっという間に元気になった私は、 さっそく図書館に楽譜を借りに行ったことを覚えています。 クラスは、大体1日、2日おきごとに行われ、 バンブリー先生と二人で発声練習を中心にした個人レッスンと、 最初のオーディションの時のように、オーディエンスの何人もいる中、 公開レッスンのような形態で行われる時と二通りあり、 その公開レッスンのための、ピアニストとの半ばコーチングのような合わせ、 そして毎日の自分一人での練習、もあり、 1日1日、忙しく過ぎてゆきました。 グレース・バンブリー女史は、 数少ない黒人プリマドンナの一人で、 お若い頃、まだまだ人種差別の残るヨーロッパの社会で 数え切れない程のいやな思いを受けられてきた話を 同じ受講生の日本人の方に聞きました。 メトロポリタン歌劇場のツアーのソリストとして ヨーロッパで歌ったときにも、 いわゆる白人の歌手の出入り口ではなく 別の出入り口を使わされるよう命じられたという話など、 本当に信じがたい様なことでしたが、 当時の私は、 東洋人である私も、この西洋の伝統文化の世界で 歌手として生きる限り、このようの事はこれから きっと遭遇するに違いないと、暗澹たる気持ちを持ったことを 覚えています。 しかし何はともあれ、彼女はとても良い先生で、 歌以外の色々な物事に対しても、あたたかく広い心を持っておられ、 又その発声法も、教え方もとても健康的で、 私は最初のレッスンで、彼女のことがとても好きになりました。 また ザルツブルクの夏は本当に美しく、 特に、音楽院の隣にあるミラベル庭園は、 手入れの行き届いた色とりどりの花、 きらきらした噴水と緑の息吹が、 すぐに自信を失って、へこみがちだった私の心を 本当に癒してくれました。 それでは、又次回に。。。! 人気blogランキングへ
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asako tamura

Author:asako tamura
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