石坂ワールド 「愛のリーダークライス」
2009.11.07 Sat 17:48
皆様、お元気でしょうか。。。。?
早いものでNYに戻ってきてからあっという間に
もうすぐ1ヶ月が過ぎようとしており、来週半ばには日本に戻ります。
そして、いよいよ
石坂浩二さんの歌詞によるリーダークライスの世界初演(!?)の
コンサートを迎えることになります。
ということで、この何週間かは、
ずっと石坂さんとFaxとメールで歌詞の質問応答をやり取りし、
国際電話で、ああでもないこうでもない、、と
話し合っておりましたが、
最近、ずいぶんとまとまってきたように思います。
そんな中で私が今感じているのは、
今回は、”シューマンのリーダークライス”ではなく、
石坂ワールドによる新しい愛の歌曲集を歌うのだ、
ということです。
シューマンによる音楽にインスピレーションを受けた石坂さんが、
自由に感じるままにつけられた歌詞は、
ドイツ語の元の意味と、ぴったりと同じ意味になっていなくとも、
不思議と、その内容の意味する感情や、表現は
シューマンと魂と同じものだったりする、、、
と言う瞬間を、練習しながら、私は何度か感じています。
単純にすごい、、、、!と思います。
アイヒェンドルフのドイツ語の詩の世界に魅せられたシューマンが、
それにインスピレーションを受け、一気に書き上げたリーダークライス。
そのシューマンの音楽に魅せられ、インスピレーションを受けた石坂さんが
書き上げた日本語の歌詞の世界。
表面上の意味は、まったく違っていても
なぜか、重なり合う表現の世界。
どこまで出来るか、本当に挑戦です!
初日にいらしてくださる方は、ぜひぜひ楽しみにしてらして下さいませ。
ちなみに、石坂さんに許可を得て、
公演に先駆け、少しだけ歌詞の抜粋をこちらに紹介したいと思います。
リーダークライスの7曲目、ある城にて(原題)という曲です。
「赤い砂漠の子」 (Auf einer Burg ある城にて)
命が生まれて どれほど経つのか
人々 何処まで 果てなく拡がる
生き死に継いで 青い星の上
途絶えたけものや 草花 忘れて
人にだけ出来る笑い合えること
酔い痴れ 忘れた 遠い赤い砂
飢えてる天地に 生まれて
一度も
笑えずにねむる
子供の 生命よ
どうですか?私はとても気に入っています。
それでは、又次回までお元気で、、、、!!
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早いものでNYに戻ってきてからあっという間に
もうすぐ1ヶ月が過ぎようとしており、来週半ばには日本に戻ります。
そして、いよいよ
石坂浩二さんの歌詞によるリーダークライスの世界初演(!?)の
コンサートを迎えることになります。
ということで、この何週間かは、
ずっと石坂さんとFaxとメールで歌詞の質問応答をやり取りし、
国際電話で、ああでもないこうでもない、、と
話し合っておりましたが、
最近、ずいぶんとまとまってきたように思います。
そんな中で私が今感じているのは、
今回は、”シューマンのリーダークライス”ではなく、
石坂ワールドによる新しい愛の歌曲集を歌うのだ、
ということです。
シューマンによる音楽にインスピレーションを受けた石坂さんが、
自由に感じるままにつけられた歌詞は、
ドイツ語の元の意味と、ぴったりと同じ意味になっていなくとも、
不思議と、その内容の意味する感情や、表現は
シューマンと魂と同じものだったりする、、、
と言う瞬間を、練習しながら、私は何度か感じています。
単純にすごい、、、、!と思います。
アイヒェンドルフのドイツ語の詩の世界に魅せられたシューマンが、
それにインスピレーションを受け、一気に書き上げたリーダークライス。
そのシューマンの音楽に魅せられ、インスピレーションを受けた石坂さんが
書き上げた日本語の歌詞の世界。
表面上の意味は、まったく違っていても
なぜか、重なり合う表現の世界。
どこまで出来るか、本当に挑戦です!
初日にいらしてくださる方は、ぜひぜひ楽しみにしてらして下さいませ。
ちなみに、石坂さんに許可を得て、
公演に先駆け、少しだけ歌詞の抜粋をこちらに紹介したいと思います。
リーダークライスの7曲目、ある城にて(原題)という曲です。
「赤い砂漠の子」 (Auf einer Burg ある城にて)
命が生まれて どれほど経つのか
人々 何処まで 果てなく拡がる
生き死に継いで 青い星の上
途絶えたけものや 草花 忘れて
人にだけ出来る笑い合えること
酔い痴れ 忘れた 遠い赤い砂
飢えてる天地に 生まれて
一度も
笑えずにねむる
子供の 生命よ
どうですか?私はとても気に入っています。
それでは、又次回までお元気で、、、、!!
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笑顔になる写真
2009.10.31 Sat 03:08
今朝、珍しく動物の出てくる夢を見ました。
私は、犬猫は大好きですが、普段あまり動物の出てくる夢は見ない上、
しかも今朝の夢は、楽しいものだったので、
楽しい気分で目を覚ましました。
そして、机のコンピュータを開いてメールをチェックすると、
友人からpictures that make you smileと書かれたものが送ってきてあり、
可愛い動物の写真がいっぱい!
このタイミングには、びっくりしました。。。。。
ということで、今回は書こう思っていたことを変更して
皆様にもおすそ分けしたいと思います。
お楽しみ下さい!
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マレイ・ペライア
2009.10.25 Sun 03:52
こんにちは、
NYは毎日のように寒暖の差がありますが、
こんな時こそ、風邪を引かないように用心しなくては、、、、
さて、最近、雑事で何かと忙しい時間の合間に
前から生で聞いてみたかったピアニスト、
MURRAY PERAHIA (マレイ・ペライア)氏のコンサートに
行って来ました。
その昔、彼の弾くモーツァルトの協奏曲を耳にした時、
なんとまあ、きれいな音なんだろうか、、、、!と一気に惹きつけられ、
それ以来、彼の名前は私の心に強くインプットされていたのですが、、、、
先日ふと57stの、カーネギーホールを通りかかると
彼のコンサートの告知!
生ペライアのバッハ、ベートヴェン、シューマン、ショパン!
しかも、私の好きな23日に!(これはあまり意味なし)
ということで、チケットを即購入し、
コンサート当日は
朝起きた時から、今日はペライアが聴けると
うきうきしていました。
さてさて、以下が詳細な感想です。。。。!
まずは、バッハのパルティータ6番より:
最初のToccataでは、
そのあまりの気高さ、響きゆえ、
鳥肌と共に、早くも涙がじわっと滲みます。
ペダルが少し多用されている気がしましたが、
その解釈には、全く迷いなく、ゆるぎなく、しかし押し付けがましくなく。
モダンのバッハとはこういうものかと、深く納得。
ちなみに、少し意外だったことが一つ。
際立った音の美しさ、あまりに粒の揃った音ゆえ、
少々退屈に感じるのか、
客席を見ても、ゆらゆらする頭、動く上半身、手足、眠る人、、が
非常に目立っており、
ふと、ソプラノのテバルディや、デヴィーアの事を、
声が美し過ぎて、揃い過ぎて、退屈だ、、、と言った人がいたなーと
ぼんやり思い出したりしていました。
パルティータは組曲の中でも特に長く、
アルマンド、クーラント、エアー,サラバンド,ガヴォット,ジーグ、、、と続き、
それぞれ殆どが、
同じ雰囲気の中で(それこそが、スタイルでしょう)演奏された事も
一因なのででしょう、
扇情的でアグレッシブな演奏は確かに眠くなりませんし、Exciting
ですが、
彼のように、まったく尖ったところのない演奏は、
ある種、リラックスして眠くなるのも、判る気がします。
彼自身も、特に最初のバッハは、
聴衆の前で演奏しているというよりかは、
バッハとひたすら交信し、彼の魂をいかに具現するかに腐心された演奏、
久しぶりに、クラシックの王道と言う演奏でした。
続く、ベートーヴェンのソナタ30番。
こちらも迷いなく、フレーズのとり方が怖ろしいほど素晴らしく長く、
(どうすれば、あんな事が出来るのか?)
まるでオーケストラを聴いているよう。
重厚かつ、聴き応えたっぷりのベートーヴェン、
ここで前半終了。
続く後半は、シューマンの子供の情景、
こちらは、ペライア氏も、一つ一つの作品を
ことさらに楽しんで、
まるでそれぞれ違った美味しいブランデーを試すかのように、演奏されており、
各々が上質で、贅沢で、
私たちも一緒に、
わくわくしたり、うっとりしたり、しんみりしたり、悲しくなったり、、、と
至福の時間。
最後はショパンで、
エチュードより2曲と、マズルカより3曲。
ショパンに関しても
決して浅はかでないロマンチシズムと、甘さ
それに流されない厳格さ、のようなものが混在し、
おおお、、、と何度も唸らされました。
どの演奏も、衝撃的と言うよりは、心に深くじんわりと広がり、
その考え抜かれた解釈、意図、は
決して、一朝一夕ではなく、
また突発的な感情から来たものも、もちろんなく、
しかしながら、生き生きとして説得力があり、
根底には、静かな熱いエネルギーが常に感じられ、
本当に”クラシックの王道”と言う感じでした。
一緒に行ったヴァイオリニストの友人も一言、”円熟だね”と。
まさに、その言葉は、彼の演奏のためにあると思うほど
ぴったり!だと思いました。
久しぶりに、こういう演奏を聴かせて頂きました。
ペレイア氏のこれまでの人生がエッセンスとなり、
音に、フレーズににじみ出ていました。
どう頑張っても、若い人には出来ない芸当です。
やはり、クラシックは奥が深ーーーーーいなあ。。。。
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NYは毎日のように寒暖の差がありますが、
こんな時こそ、風邪を引かないように用心しなくては、、、、
さて、最近、雑事で何かと忙しい時間の合間に
前から生で聞いてみたかったピアニスト、
MURRAY PERAHIA (マレイ・ペライア)氏のコンサートに
行って来ました。
その昔、彼の弾くモーツァルトの協奏曲を耳にした時、
なんとまあ、きれいな音なんだろうか、、、、!と一気に惹きつけられ、
それ以来、彼の名前は私の心に強くインプットされていたのですが、、、、
先日ふと57stの、カーネギーホールを通りかかると
彼のコンサートの告知!
生ペライアのバッハ、ベートヴェン、シューマン、ショパン!
しかも、私の好きな23日に!(これはあまり意味なし)
ということで、チケットを即購入し、
コンサート当日は
朝起きた時から、今日はペライアが聴けると
うきうきしていました。
さてさて、以下が詳細な感想です。。。。!
まずは、バッハのパルティータ6番より:
最初のToccataでは、
そのあまりの気高さ、響きゆえ、
鳥肌と共に、早くも涙がじわっと滲みます。
ペダルが少し多用されている気がしましたが、
その解釈には、全く迷いなく、ゆるぎなく、しかし押し付けがましくなく。
モダンのバッハとはこういうものかと、深く納得。
ちなみに、少し意外だったことが一つ。
際立った音の美しさ、あまりに粒の揃った音ゆえ、
少々退屈に感じるのか、
客席を見ても、ゆらゆらする頭、動く上半身、手足、眠る人、、が
非常に目立っており、
ふと、ソプラノのテバルディや、デヴィーアの事を、
声が美し過ぎて、揃い過ぎて、退屈だ、、、と言った人がいたなーと
ぼんやり思い出したりしていました。
パルティータは組曲の中でも特に長く、
アルマンド、クーラント、エアー,サラバンド,ガヴォット,ジーグ、、、と続き、
それぞれ殆どが、
同じ雰囲気の中で(それこそが、スタイルでしょう)演奏された事も
一因なのででしょう、
扇情的でアグレッシブな演奏は確かに眠くなりませんし、Exciting
ですが、
彼のように、まったく尖ったところのない演奏は、
ある種、リラックスして眠くなるのも、判る気がします。
彼自身も、特に最初のバッハは、
聴衆の前で演奏しているというよりかは、
バッハとひたすら交信し、彼の魂をいかに具現するかに腐心された演奏、
久しぶりに、クラシックの王道と言う演奏でした。
続く、ベートーヴェンのソナタ30番。
こちらも迷いなく、フレーズのとり方が怖ろしいほど素晴らしく長く、
(どうすれば、あんな事が出来るのか?)
まるでオーケストラを聴いているよう。
重厚かつ、聴き応えたっぷりのベートーヴェン、
ここで前半終了。
続く後半は、シューマンの子供の情景、
こちらは、ペライア氏も、一つ一つの作品を
ことさらに楽しんで、
まるでそれぞれ違った美味しいブランデーを試すかのように、演奏されており、
各々が上質で、贅沢で、
私たちも一緒に、
わくわくしたり、うっとりしたり、しんみりしたり、悲しくなったり、、、と
至福の時間。
最後はショパンで、
エチュードより2曲と、マズルカより3曲。
ショパンに関しても
決して浅はかでないロマンチシズムと、甘さ
それに流されない厳格さ、のようなものが混在し、
おおお、、、と何度も唸らされました。
どの演奏も、衝撃的と言うよりは、心に深くじんわりと広がり、
その考え抜かれた解釈、意図、は
決して、一朝一夕ではなく、
また突発的な感情から来たものも、もちろんなく、
しかしながら、生き生きとして説得力があり、
根底には、静かな熱いエネルギーが常に感じられ、
本当に”クラシックの王道”と言う感じでした。
一緒に行ったヴァイオリニストの友人も一言、”円熟だね”と。
まさに、その言葉は、彼の演奏のためにあると思うほど
ぴったり!だと思いました。
久しぶりに、こういう演奏を聴かせて頂きました。
ペレイア氏のこれまでの人生がエッセンスとなり、
音に、フレーズににじみ出ていました。
どう頑張っても、若い人には出来ない芸当です。
やはり、クラシックは奥が深ーーーーーいなあ。。。。
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フレミングのマスタークラス IN NYC
2009.10.21 Wed 14:39
こんにちは、皆様!
忙しい日が続いています。
さて今日は
アメリカで今もっとも有名と言ってもよい
(実力は、別にして、の話ですが)
アメリカンディーヴァ、ルネ・フレミングが
母校ジュリアード・スクールにて
マスタークラス(公開レッスン)を行うという事で、
マスタークラスの見学はあまり好きではない私も
(理由は、後で説明します)
興味に駆られて、行ってきました。
何しろ、私の周りでも、
そのチケットはプレミアムがついて、100ドルとも200ドルとも
言われていたところ、友人のおかげで
Student Priceで入れるということでしたし。
で、
感想を一言あえて言わせていただくならば...
良くも悪くも、平凡な典型的なアメリカのマスタークラス、
と言う感じでした。
プライヴェートな個人レッスンとは違い、
大体においてマスタークラスというものは、
生徒の為が3分の1くらい、
聴衆の為が3分の1くらい
そして、先生になる人が
どんな風に音楽について思っているのかとか
先生としての資質を見せたり、、という
ショー的な部分が、3分の1くらい、、、
と言う風に私は、感じでいます。
聴衆も、
今回のように活躍中の有名な歌手だったり、
往年の名歌手だった場合には、
その人が生徒に対して、
一体どんなアドバイスをするのだろう、、!?
と言った様な好奇心や、
ただ単純にミーハーに、
素顔がどんなものか、教える時は、どんな様子なのか、
普段どんな感じでしゃべるのか、、などなど
興味を持って、来る場合が多く、
マスタークラスは、レッスンではなくてエンターテインメントだ!
と言い切ってしまうアメリカのコーチや、先生がいるのも
よく判ります。
私自身もこれまで
聴講したマスタークラスで、
霊験あらたかなるすごいことを学んだ!とか、
そういった思い出はあまり無く、
そんなわけで、
今回も、そこまで期待していったわけではありませんでした。
しかしながら、
ジュリアードのマスタークラスというと、
少し古いですが有名なものでは、
マリア・カラスが行ったもの(後年そのクラスの内容が本になって、出版されました)
や、パヴァロッティなども行っていますが、
なにかとその時々で話題になるものですので、
ひょっとして、もしかして、その場に居合わせてよかった!!
という内容に
なることもありえるかも、、、!?とかすかな期待も
少しは、持っていたのですが。
それにしても、少々期待外れでした。
おっ!と思うことは、残念ながら殆ど無く、
失礼ながら、
フレミング女史に対しては、
あまりやる気が無いのかなあ、、、とさえ感じました。
(そんなわけは無いと思うのですが)
クラス受講者は、全員で4人。
みんなジュリアードスクールの生徒さんで
初々しく、真面目そうな方ばかり。
彼らが歌い、それについて
コメントやアドヴァイスをするルネの様子を見つつ、
彼女の、アメリカの先生ならたいてい誰もが
口をそろえて言いそうな
あまり目新しいとは言いがたい言葉を聴きつつ、
段々少し退屈してきた私は、
自分が、学生だった頃に受けていたマスタークラスの思い出などを
顧みて、
ああ、、、そういえば昔こうやって、マスタークラスを受けるときは
いつもとっても緊張していたっけな。。。などと
勝手に回想にふけったりしていました。
レナータ・スコットさん、故レジーヌ・クレスパンさん、
ジョーン・サザーランドさん、スザンヌ・メンツァーさん、
ドーン・アップショーさん、、、、今ざっと思いつく限りで、私が過去に、
有名な歌手のマスタークラスを
受けたのは、これくらいですが、
その時々で、自分がマスタークラスを受けるときは
やはり、何がしか毎回、得る物は大きく、
それぞれが思い出に残っています。
またいつか、機会があれば、一つ一つ書きたいと思いますが、
とりあえず、今日改めて思ったこと...
マスタークラスは、見るのでなく、受けるに限る!
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忙しい日が続いています。
さて今日は
アメリカで今もっとも有名と言ってもよい
(実力は、別にして、の話ですが)
アメリカンディーヴァ、ルネ・フレミングが
母校ジュリアード・スクールにて
マスタークラス(公開レッスン)を行うという事で、
マスタークラスの見学はあまり好きではない私も
(理由は、後で説明します)
興味に駆られて、行ってきました。
何しろ、私の周りでも、
そのチケットはプレミアムがついて、100ドルとも200ドルとも
言われていたところ、友人のおかげで
Student Priceで入れるということでしたし。
で、
感想を一言あえて言わせていただくならば...
良くも悪くも、平凡な典型的なアメリカのマスタークラス、
と言う感じでした。
プライヴェートな個人レッスンとは違い、
大体においてマスタークラスというものは、
生徒の為が3分の1くらい、
聴衆の為が3分の1くらい
そして、先生になる人が
どんな風に音楽について思っているのかとか
先生としての資質を見せたり、、という
ショー的な部分が、3分の1くらい、、、
と言う風に私は、感じでいます。
聴衆も、
今回のように活躍中の有名な歌手だったり、
往年の名歌手だった場合には、
その人が生徒に対して、
一体どんなアドバイスをするのだろう、、!?
と言った様な好奇心や、
ただ単純にミーハーに、
素顔がどんなものか、教える時は、どんな様子なのか、
普段どんな感じでしゃべるのか、、などなど
興味を持って、来る場合が多く、
マスタークラスは、レッスンではなくてエンターテインメントだ!
と言い切ってしまうアメリカのコーチや、先生がいるのも
よく判ります。
私自身もこれまで
聴講したマスタークラスで、
霊験あらたかなるすごいことを学んだ!とか、
そういった思い出はあまり無く、
そんなわけで、
今回も、そこまで期待していったわけではありませんでした。
しかしながら、
ジュリアードのマスタークラスというと、
少し古いですが有名なものでは、
マリア・カラスが行ったもの(後年そのクラスの内容が本になって、出版されました)
や、パヴァロッティなども行っていますが、
なにかとその時々で話題になるものですので、
ひょっとして、もしかして、その場に居合わせてよかった!!
という内容に
なることもありえるかも、、、!?とかすかな期待も
少しは、持っていたのですが。
それにしても、少々期待外れでした。
おっ!と思うことは、残念ながら殆ど無く、
失礼ながら、
フレミング女史に対しては、
あまりやる気が無いのかなあ、、、とさえ感じました。
(そんなわけは無いと思うのですが)
クラス受講者は、全員で4人。
みんなジュリアードスクールの生徒さんで
初々しく、真面目そうな方ばかり。
彼らが歌い、それについて
コメントやアドヴァイスをするルネの様子を見つつ、
彼女の、アメリカの先生ならたいてい誰もが
口をそろえて言いそうな
あまり目新しいとは言いがたい言葉を聴きつつ、
段々少し退屈してきた私は、
自分が、学生だった頃に受けていたマスタークラスの思い出などを
顧みて、
ああ、、、そういえば昔こうやって、マスタークラスを受けるときは
いつもとっても緊張していたっけな。。。などと
勝手に回想にふけったりしていました。
レナータ・スコットさん、故レジーヌ・クレスパンさん、
ジョーン・サザーランドさん、スザンヌ・メンツァーさん、
ドーン・アップショーさん、、、、今ざっと思いつく限りで、私が過去に、
有名な歌手のマスタークラスを
受けたのは、これくらいですが、
その時々で、自分がマスタークラスを受けるときは
やはり、何がしか毎回、得る物は大きく、
それぞれが思い出に残っています。
またいつか、機会があれば、一つ一つ書きたいと思いますが、
とりあえず、今日改めて思ったこと...
マスタークラスは、見るのでなく、受けるに限る!
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(&'%(!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????
2009.10.18 Sun 11:44
NYからです、今日はちょっと怒る&あきれています!!
今日は、NYは寒い1日で、午後に外に出たら、吐く息が白く、
気温は、5℃。
街路樹も、せっかく黄色くなりかけたまま、しおれたりしており、
このまま冬に突入するのかしら、、、、などと思いつつ、
厚手のコートの襟にマフラーを巻いて、帽子をかぶって
そして地下鉄に乗ったら、、、、、
なんと!!!!!!
エアコン(冷房)がついていたのです!!!!!!★△■!!?!?!?
はあああああ???と思いました。
確かに、みんな厚手のコートを着ているし、
地下鉄は混むと、熱気がこもることもままありますが、
しかし、
5℃の気温の日ですよ!?
正直、NYはいつもにも増して、Crazyだと思いました。
こんなことに多大な電気代を使うなんてやるせなく、
悲しく、怒りさえ覚えました。
地下鉄内は、ある一定の気温以上だと
エアコンをつけないと、メトロ会社が訴えられるとでも言うのでしょうか?
さっぱりわけがわかりません。
いつか、私の尊敬する安藤忠雄さんが言っていたことがあります;
人間というものは、考えて苦しみ、考えて苦しみ、苦しみつつも前進しながら生きていく。
そしてその間に生きる喜びを味わいながら、
社会の理不尽への「怒り」を乗り越えていかなくてはならない。
この文は、読んだときから折にふれ思い出す言葉ですが、
今日もまた、社会の理不尽の前に、一人の無力な自分を又もや思い知らされました。
一体、何をどのように考えればいいのでしょうか。。。。
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今日は、NYは寒い1日で、午後に外に出たら、吐く息が白く、
気温は、5℃。
街路樹も、せっかく黄色くなりかけたまま、しおれたりしており、
このまま冬に突入するのかしら、、、、などと思いつつ、
厚手のコートの襟にマフラーを巻いて、帽子をかぶって
そして地下鉄に乗ったら、、、、、
なんと!!!!!!
エアコン(冷房)がついていたのです!!!!!!★△■!!?!?!?
はあああああ???と思いました。
確かに、みんな厚手のコートを着ているし、
地下鉄は混むと、熱気がこもることもままありますが、
しかし、
5℃の気温の日ですよ!?
正直、NYはいつもにも増して、Crazyだと思いました。
こんなことに多大な電気代を使うなんてやるせなく、
悲しく、怒りさえ覚えました。
地下鉄内は、ある一定の気温以上だと
エアコンをつけないと、メトロ会社が訴えられるとでも言うのでしょうか?
さっぱりわけがわかりません。
いつか、私の尊敬する安藤忠雄さんが言っていたことがあります;
人間というものは、考えて苦しみ、考えて苦しみ、苦しみつつも前進しながら生きていく。
そしてその間に生きる喜びを味わいながら、
社会の理不尽への「怒り」を乗り越えていかなくてはならない。
この文は、読んだときから折にふれ思い出す言葉ですが、
今日もまた、社会の理不尽の前に、一人の無力な自分を又もや思い知らされました。
一体、何をどのように考えればいいのでしょうか。。。。
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